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ゆうちゃん
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一連の傑作短編集の中で最も面白い。不条理とそれに巻き込まれていく人間を描いているが、その不条理の理由は全く明らかにされない。それでも自分が説明のないことへの不満を感じないのは彼女の筆力か。
全般的に不条理的な設定の短編が多い短編集。

「恋人」・・・映画館のもぎりの女性に恋をした青年。彼女を追いかけて行くとまんざらでもない感じ。しかし、戦争で両親を亡くした彼女は墓場で夜を明かすと言う。翌日もデートに誘おうと思って映画館を訪ねると、彼女は空軍兵士を殺した罪で逮捕されているという。彼女が兵士を殺した理由も、墓場で暮らしている状況も説明がない。
「鳥」・・・・映画で有名な作品。原作は50頁足らずの短編だった。突如群れを成して、人間の生活を脅かす鳥たち。この短編では、家や家族を攻撃してくる鳥にひたすら対処する一家を描いている。しかし鳥が何故そんなことをするようになったのか、説明はない。
「写真家」・・退屈な結婚生活を送っていた侯爵夫人が、避暑地でちょっとした恋の冒険を・・。そのつけはどうやら大きい。
「モンテ・ヴェリタ」・・日本語に訳せば真実の山。欧州のある高峰に存在する、とされる僧院にまつわる話。語り手の親友夫妻がその山に登ったところ、妻の方が突然失踪しその僧院での隠遁生活に入ってしまう。親友は、麓でひたすら妻を待つ。その山は、神隠しの様に地元の少女を連れ去るので、地元では恐れられていた。語り手が数十年後、飛行機の遭難で辿り着いたのは、何とモンテ・ヴェリテの近く。まだ親友は頑張っていて、彼の頼みで山頂の僧院を訪ねた語り手の見たものは・・。神秘とされている僧院の内部も描かれていて、ある程度状況説明にはなっているが、その僧院が何の目的で何をするところか、は全くわからない。
「林檎の木」・・・長年連れ添った妻は何かと言うとネガティブな発言ばかり。妻を亡くして、彼女の小言からようやく解放された夫が、庭に育った林檎の木に妻の「面影」を見る話。面影と言うと普通は良い意味で使うが、この場合は、木の枝ぶり、貧相さなど妻の悪い面にそっくりで、夫に取ってはまさに目障り。庭師、女中の反対を押し切ってその木を切り倒した夫が最後に直面したのは・・。
「裂けた時間」・・・散歩に出たエリスは、間一髪、交通事故に合いそうになるが、自宅に戻ってみると、見た事のない「住人」が住んでいる。SFのタイムスリップもの、と言えるが、デュ・モーリアの手にかかるとこんな小説になる。もちろん、アシモフあたりならそれらしい説明したであろう裂けた時間に落ちてしまった理由の説明は全くない。
「動機」・・・・何不自由もない金持ちの夫人が突如拳銃で自殺。夫から自殺の動機の調査を頼まれた探偵の見出したものは・・。ニヒルな探偵が最後に依頼者に見せた態度は・・。

ごく短い「番(つがい)」以外の短編の紹介をしたが、「写真家」と「動機」は、はっきりとした筋立てと落ちがあるものの、それ以外は、謎は謎として残る話ばかり。つまり、この二編以外は、意外な状況に振り回される登場人物の様子を描いている一方で、その意外な状況に陥った理由は説明されておらず、そういう意味では、不条理な小説群である(有名な「レベッカ」は、独特の雰囲気のある小説だが、説明出来ない事情はない)。しかし、合理的な説明がない故に感じる、読後のもどかしさ、やダマされた、みたいな感想は出て来ない。「いま見てはいけない」の短編も同傾向の作品があったが、この短編及び作者の筆力には不条理なまま結末を迎える小説をありのままに受け入れさせる迫力があると思うし、こちらの短編集の方がその迫力を強く感じた。
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ゆうちゃん
ゆうちゃん さん本が好き!1級(書評数:1691 件)

神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。

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この書評へのコメント

  1. hacker2017-12-24 08:57

    ゆうちゃんさん、こんにちは。『鳥』は放射能のことだろうと 、私は思っています。よかったら、私のレビューものぞいてみて下さい。

  2. ゆうちゃん2017-12-24 10:38

    コメントありがとうございます。
    レイモンド・ブリッグズの風が吹くとき、は未読ですが(どうやら児童文学らしいですね)、書評を拝読してなるほどなぁ、と言うか、鋭い!と思いました。確かにそう言う見解はあり得ますね。
    それと映画に詳しいのですね。僕も映画は観ますが、たまにですし、どちらかと言うと名作や話題作に限られます。映画の知識は書評を書く上で良い材料になるとも感じました。

  3. hacker2017-12-24 10:59

    ゆうちゃんさん、コメントありがとうございます。映画だけはたくさん観ているつもりなので、すこしでも参考にしていただけるなら、嬉しいです。

  4. No Image

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