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すれ違いばかり起きる保己一の人生模様
先日、第39回山本周五郎賞を受賞した作品。江戸時代に活躍した全盲の国文学者塙保己一を取り上げている。塙保己一は、古代から江戸時代までに出版された膨大な数の書籍を蒐集し、分類してまとめた叢書「群書類従」を編纂・刊行した人物だ。
「群書類従」は正編・続編があるのだが、正編でも1276種の書物を、内容ごとに神祇、帝王、補任など25部に分類している。正編を手掛け始めたのは1779年(安永8)のことであるが、目録を合わせた666冊を刊行し終えたのが1819年(文政2)、実に41年の年月を費やした。34歳だった保己一は、74歳の老人になっていたのである。江戸時代の平均寿命を考えると、途中で亡くなっていてもおかしくはなかっただろう。
まさに人生をかけた大事業である「群書類従」だが、収録すべき書物を集めて目録をつくれば良いというものではない、内容をすべて理解し分類するのだから途方もない労力を必要としている。目が見えないというハンディキャップを抱えながら、それだけの難事業をやり遂げた保己一は後の世まで語り継がれる偉人となったのは当然といえる。
その後、続編である「続群書類従」にとりかかるわけだが、道半ばで保己一はこの世を去り、弟子や子孫たちの手によって作業が続けられ保己一没後90年を経た明治35になってようやく刊行が開始された。他にも国文学の研究所である和学和学講談所を設立している。そういったことをすべてまとめると、近代の国文学に偉大な功績を残したということは間違いないだろう。
また、三重苦で知られるヘレン・ケラーが来日したときに、子供のころから保己一を人生の手本にせよ、と言われていたことを明かしている。保己一という存在が生み出した波紋は、日本を超え世界まで広がったということで、並々ならぬ人物であることがよくわかる。
さて、ここまで保己一が何をなしたのか、ということに触れてきたが、本書はヘレンケラーやエジソンの伝記のようにどれだけ偉い人だったのかということを子供に教えるものではない。保己一の泥臭い、より人間的な部分を描いている。
話は、埼玉の田舎で幼いころにかかった病気のために視力を失ってしまった辰之助(保己一)から始まる。ほかの子供のように目の見えるようにしてやりたいが叶わない母とそれを理解しなんとかしたいともがく辰之助。目が見える友とは、対等に遊ぶため軍記物語の暗記を競ったりするのだが、そうした友情にも見える者と見えない者の間に生じる溝のようなものが見え隠れする。そうした中で、保己一は耳で聞いたことをたちまちにして覚えてしまうという学問を志す者にとって、喉から手が出るほど欲しいであろう能力があるということがわかる。父は、その才を花開かせようと、伝手を頼り江戸の雨森検校のもとへと送り出すのだ。
江戸時代における盲人の職業といえば鍼、按摩が代表的なものだろう。勝新の座頭市でも、普段は流しの按摩として旅をしており、客に呼ばれたら「つからせていただきます」と肩や腰をもんでいるシーンがたびたび出てくる。あとは金貸し業も幕府から許されていた。勝海舟の曽祖父米山検校も金貸しをして御家人株を買ったという。ただ、高利で債務者を苦しめていた座頭金もあり、大河ドラマ「べらぼう」を視ていれば、烏山検校のように処分されたことを覚えているだろう。歌舞伎・講談の悪役として藪原検校が登場するのも、座頭金が人々に嫌われていたことをあらわしている。
では、保己一はどうなのかというと雨富検校のもとで千弥と名を改めた後、そういう仕事をするはずだったが、鍼や按摩の才はなかった。貸金業に関しては、潔癖すぎる性質ゆえにこれでもまた向いていない。そうこうしていく中で、学問に対するあくなき欲求を訴えたことで、雨富検校は保己一の願いを聞き届け後押しすることになる。
そこからは、ひたすら国学のことに専念するわけだが、本書における焦点はその軌跡をなぞることではない。保己一と周囲の者たちとの間に生まれたすれ違いがもたらす苦しみ・悲しみを浮き彫りにしている。
両親、雨富検校のもとで暮らす同輩、学者仲間、妻、弟子などが、保己一に向かって嫉妬、憎しみ、過剰な愛といった感情を向けてくる。それは保己一の心を容赦なく刺して傷つけていくのだ。だが、相手だけが悪いわけではない、保己一もまた無自覚に周囲の人を傷つけていく加害者である。いっそのこと、思い切り喧嘩でもしてすれ違いを明らかにしてしまえば、万事解決していたのかもしれないが、両者の中にある劣等感、哀れみ、遠慮などが邪魔をしてしまう。さらに言えば、保己一が学問を知っていても、世間のこと、人間の心の機微に無知といえるほどに疎い人物として描かれているのも、そうした悲劇を生み出す要因になっている。本書における保己一は、類まれなる才能を持った天才ではあるが、聖人君子ではなく強欲で多くの間違いを犯す俗な人間なのだ。
タイトルである「見えるか保己一」は、単純に目で物を見えるか、ということだけでなく、目に見えぬ男女のこと、世間のこと、この世の理などが見えるのかという問いかけでもある。確かに目の代わりに鋭くなった聴覚や豊富な知識を持って、目明きよりも見える部分はあるだろう。だが、盲人ゆえに見えない、何が「何が見えていないのか」もわからない、ということも多く、保己一にとって残酷な問いかけにもなっている。
だが、保己一の人生がただ苦しみ・悲しみだけであったのかというと、そういうわけでもない。母や雨富検校、保己一と不思議な縁をもった町奉行根岸鎮衛、娘のとせ子など多くの人から愛を受けて助けられてきた。また見えないものが保己一は傷つけることもあろうが、見えないことで救いになることもある。衝撃的な事実が読者に明かされる終章はまさにそれをあらわしている。
さて、伝記であれば「こういう人になりたい」などという人生の目標を心に植え付けるわけだが、本書が読者に残すものは何だろう。私は「見えるもの」「見えないもの」「見たいもの」「見たくないもの」、それらが保己一の人生で交差して生じた協和音と不協和音の美しさではないかと思う。世の中は綺麗なものばかりではなく、汚いものも多くある。そこで汚いものを隠し綺麗なものだけをとりあげるのではなく、ありのままを見ることで、壮大なドラマ性が生まれる。本書は、まさにそうした描き方をしており、そのため読者は素晴らしい読後感を得られるのだ。
「群書類従」は正編・続編があるのだが、正編でも1276種の書物を、内容ごとに神祇、帝王、補任など25部に分類している。正編を手掛け始めたのは1779年(安永8)のことであるが、目録を合わせた666冊を刊行し終えたのが1819年(文政2)、実に41年の年月を費やした。34歳だった保己一は、74歳の老人になっていたのである。江戸時代の平均寿命を考えると、途中で亡くなっていてもおかしくはなかっただろう。
まさに人生をかけた大事業である「群書類従」だが、収録すべき書物を集めて目録をつくれば良いというものではない、内容をすべて理解し分類するのだから途方もない労力を必要としている。目が見えないというハンディキャップを抱えながら、それだけの難事業をやり遂げた保己一は後の世まで語り継がれる偉人となったのは当然といえる。
その後、続編である「続群書類従」にとりかかるわけだが、道半ばで保己一はこの世を去り、弟子や子孫たちの手によって作業が続けられ保己一没後90年を経た明治35になってようやく刊行が開始された。他にも国文学の研究所である和学和学講談所を設立している。そういったことをすべてまとめると、近代の国文学に偉大な功績を残したということは間違いないだろう。
また、三重苦で知られるヘレン・ケラーが来日したときに、子供のころから保己一を人生の手本にせよ、と言われていたことを明かしている。保己一という存在が生み出した波紋は、日本を超え世界まで広がったということで、並々ならぬ人物であることがよくわかる。
さて、ここまで保己一が何をなしたのか、ということに触れてきたが、本書はヘレンケラーやエジソンの伝記のようにどれだけ偉い人だったのかということを子供に教えるものではない。保己一の泥臭い、より人間的な部分を描いている。
話は、埼玉の田舎で幼いころにかかった病気のために視力を失ってしまった辰之助(保己一)から始まる。ほかの子供のように目の見えるようにしてやりたいが叶わない母とそれを理解しなんとかしたいともがく辰之助。目が見える友とは、対等に遊ぶため軍記物語の暗記を競ったりするのだが、そうした友情にも見える者と見えない者の間に生じる溝のようなものが見え隠れする。そうした中で、保己一は耳で聞いたことをたちまちにして覚えてしまうという学問を志す者にとって、喉から手が出るほど欲しいであろう能力があるということがわかる。父は、その才を花開かせようと、伝手を頼り江戸の雨森検校のもとへと送り出すのだ。
江戸時代における盲人の職業といえば鍼、按摩が代表的なものだろう。勝新の座頭市でも、普段は流しの按摩として旅をしており、客に呼ばれたら「つからせていただきます」と肩や腰をもんでいるシーンがたびたび出てくる。あとは金貸し業も幕府から許されていた。勝海舟の曽祖父米山検校も金貸しをして御家人株を買ったという。ただ、高利で債務者を苦しめていた座頭金もあり、大河ドラマ「べらぼう」を視ていれば、烏山検校のように処分されたことを覚えているだろう。歌舞伎・講談の悪役として藪原検校が登場するのも、座頭金が人々に嫌われていたことをあらわしている。
では、保己一はどうなのかというと雨富検校のもとで千弥と名を改めた後、そういう仕事をするはずだったが、鍼や按摩の才はなかった。貸金業に関しては、潔癖すぎる性質ゆえにこれでもまた向いていない。そうこうしていく中で、学問に対するあくなき欲求を訴えたことで、雨富検校は保己一の願いを聞き届け後押しすることになる。
そこからは、ひたすら国学のことに専念するわけだが、本書における焦点はその軌跡をなぞることではない。保己一と周囲の者たちとの間に生まれたすれ違いがもたらす苦しみ・悲しみを浮き彫りにしている。
両親、雨富検校のもとで暮らす同輩、学者仲間、妻、弟子などが、保己一に向かって嫉妬、憎しみ、過剰な愛といった感情を向けてくる。それは保己一の心を容赦なく刺して傷つけていくのだ。だが、相手だけが悪いわけではない、保己一もまた無自覚に周囲の人を傷つけていく加害者である。いっそのこと、思い切り喧嘩でもしてすれ違いを明らかにしてしまえば、万事解決していたのかもしれないが、両者の中にある劣等感、哀れみ、遠慮などが邪魔をしてしまう。さらに言えば、保己一が学問を知っていても、世間のこと、人間の心の機微に無知といえるほどに疎い人物として描かれているのも、そうした悲劇を生み出す要因になっている。本書における保己一は、類まれなる才能を持った天才ではあるが、聖人君子ではなく強欲で多くの間違いを犯す俗な人間なのだ。
タイトルである「見えるか保己一」は、単純に目で物を見えるか、ということだけでなく、目に見えぬ男女のこと、世間のこと、この世の理などが見えるのかという問いかけでもある。確かに目の代わりに鋭くなった聴覚や豊富な知識を持って、目明きよりも見える部分はあるだろう。だが、盲人ゆえに見えない、何が「何が見えていないのか」もわからない、ということも多く、保己一にとって残酷な問いかけにもなっている。
だが、保己一の人生がただ苦しみ・悲しみだけであったのかというと、そういうわけでもない。母や雨富検校、保己一と不思議な縁をもった町奉行根岸鎮衛、娘のとせ子など多くの人から愛を受けて助けられてきた。また見えないものが保己一は傷つけることもあろうが、見えないことで救いになることもある。衝撃的な事実が読者に明かされる終章はまさにそれをあらわしている。
さて、伝記であれば「こういう人になりたい」などという人生の目標を心に植え付けるわけだが、本書が読者に残すものは何だろう。私は「見えるもの」「見えないもの」「見たいもの」「見たくないもの」、それらが保己一の人生で交差して生じた協和音と不協和音の美しさではないかと思う。世の中は綺麗なものばかりではなく、汚いものも多くある。そこで汚いものを隠し綺麗なものだけをとりあげるのではなく、ありのままを見ることで、壮大なドラマ性が生まれる。本書は、まさにそうした描き方をしており、そのため読者は素晴らしい読後感を得られるのだ。
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でもジャンルにこだわってそれ以外読まないわけではありません。
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- 出版社:KADOKAWA
- ページ数:0
- ISBN:9784041160329
- 発売日:2026年03月13日
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