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ホセさん
ホセ
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独特の長回しの文章は苦にならず、かえって「夢の中の出来事」のような、フワフワとした世界を見せてくれる。 例えるなら「つげ義春の漫画のような世界」。
47 堀江敏幸 「いつか王子駅で」

王子に住む英語講師の「私」の日常のお話に、小説・童話や名馬といった回想を織り交ぜている。
独特の長回しの文章は苦にならず、かえって「夢の中の出来事」のような、フワフワとした世界を見せてくれる。
少し極端かもしれないが、例えるなら「つげ義春の漫画のような世界」。

銭湯で紺青の昇り龍の刺青を見せ、ぶら下がり健康器の後にフルーツ牛乳を飲む正吉さんの描写から物語は始まる。
行きつけになった料理屋で正吉さんと知り合った「私」は、少しづつ彼の過去を聞く事になるが、それは
「判子を彫れる」とか
「秩父の山の小屋に住み、下界に出る時はモノレールで降りた」
と、何をしてきたのか大して分からない。
正吉さんはある日「判子を大事な人に届ける」と言い残し、土産のカステラを料理屋に置いたまま出ていき、そのまま都電に乗り、町で姿を見かけなくなった。

といっても、物語は正吉さん探しに展開するのではない。
「私」の日々が訥々と書かれ、正吉さんの心掛かりはその一部でしかない。
そうした合間あいまに、競馬馬や昔の小説や童話の回想が入ってきて、また直ぐに「私」の日常へお話は戻っていく。
これが繰り返される。

文章はとても長く、文節で切りながら十行以上も続いたりする。
だが、堀江敏幸の選ぶ言葉の一つひとつが適切というか的を得ているというか、全く重たく感じない。
それどころか、重力の小さな特別な世界、夢の中の出来事のように思われてくる。

また彼の比喩にハッと驚く事も少なくない。
使ってる黒いダイアル電話を「黒曜石の塊のような」と例え、
家庭教師をする咲ちゃんの陸上競技会では、
「観客も自分に関係のある競技しか応援しないから、まとまりがなく騒がしいのに、それら騒がしさの渦が隣の渦とまじわらず、トラックの内側をあちこち移動しているようだ」と表す。
確かに競技場の光景は「声援の渦がフラフラと彷徨っている」感じがすると今は例えられるけれど、「渦」という言葉をよくぞめっけてきたもんだ。

「私」はスポーツタイプの自転車で移動する時に、脚や腰が疲れてくるとグッと腰を伸ばす。
そうすると歩いている時より随分高いところからの視点が確保されて、よく知っていると思っていた道の奥行きを味わい直す事になった。

堀江敏幸は、ここで言う「道」を「日常」に置き換えて、その奥行を味わい直す術を、大らかに展開しているのではないかなと思った。

(2015/5/2)

PS 前半に出てくる、都電の飛鳥山での下りのスピード感やG感覚は、確かになかなかのものだ♪♪
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ホセ
ホセ さん本が好き!1級(書評数:667 件)

語りかける書評ブログ「人生は短く、読むべき本は多い」からの転記になります。
殆どが小説で、児童書、マンガ、新書が少々です。
評点やジャンルはつけないこととします。

ブログは「今はなかなか会う機会がとれない、本読みの友人たちへ語る」調子を心がけています。
従い、私の記憶や思い出が入り込み、エッセイ調にもなっています。

主要六紙の書評や好きな作家へのインタビュー、注目している文学賞の受賞や出版各社PR誌の書きっぷりなどから、自分なりの法則を作って、新しい作家を積極的に選んでいます(好きな作家へのインタビュー、から広げる手法は確度がとても高く、お勧めします)。

また、著作で前向きに感じられるところを、取り上げていくように心がけています。
「推し」の度合いは、幾つか本文を読んで頂ければわかるように、仕組んでいる積りです。

PS 1965年生まれ。働いています。

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