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爽風上々
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夏目漱石の作品には鉄道や旅行の話が多数現れます。そしてその描写が正確であることも分かります。それはなぜなのか。
夏目漱石の作品には鉄道に関する記述が非常に多いことは知られています。
「三四郎」でも主人公が上京するルート、時間等詳しく描かれています。
そしてそういった鉄道の描写が極めて事実に近く正確であるとも言われています。

そういった「漱石と鉄道」について、詳しく検証しています。

著者の牧村さんは新聞社に勤めたジャーナリストですが、漱石に関して非常に詳しく調べ上げており、鉄道関連の検証も実際に現地に出かけて当時とは全く変わってしまった風景でも見ておこうということをして書き上げています。

これまでにも他の研究者が漱石の小説に現れる鉄道について列車の時間帯などを調べ上げるということをしていますが、この本でも数々の当時の時刻表などを参照し、乗ったと思われる列車を特定するということをしています。
なお、小説内で登場人物が列車に乗った年月と、実際に漱石がそこに出かけて乗った時とに差がある場合もあるようですが、どうやら漱石は自分の実体験を優先して書いているようです。

「三四郎」では一応架空の村「福岡県京都郡真崎村」から三四郎が上京する旅を描いています。
真崎村はおそらく豊津あたりと見られますが、そこから九州鉄道で行橋、門司と出て連絡船に乗り下関、そして神戸まで汽車。さらに東海道線に乗り換えますがその汽車は名古屋止まり。京都から乗り込んだ女と名古屋では同じ宿に泊まります。
こういった汽車の便を時刻表からほぼ特定して見せます。

漱石は松山、熊本と移り住みその後東京へ戻ります。

東京では市電がどんどんと路線を伸ばし、庶民の足として活躍している時期でした。
明治15年には東京馬車鉄道が開業、その後電化して明治36年には東京電車鉄道と改名します。
他にも東京市街鉄道(街鉄)や東京電気鉄道なども開業していきます。
漱石も東京市内の移動には市電を利用していたようで、その描写も数多く出ています。

「坊ちゃん」の主人公は松山の学校の職を捨てて帰京した後、「街鉄の技手(ぎて)」に再就職したと書かれています。
実は漱石にとっては住んでいた千駄木に近い路線が街鉄であり、急激に路線拡張中だったためおそらくエンジニア(技手)の募集も多かったのでしょう。

「坊ちゃん」の主人公の松山行きのルートはどれだったのか。
漱石が実際に松山に赴任したのは明治28年ですが、小説の舞台は日露戦争後になっています。
漱石の実体験よりは10年ほど後ですが、おそらく実体験に基づいた描写であろうと見当をつけて調べました。
すでに荒正人という研究者が漱石研究年表という文書中に漱石の行程を載せています。

それによれば新橋から神戸まで東海道線、その後山陽鉄道で広島停車場まで。そして宇品から三津浜港まで船、三津浜停車場から伊予軽便鉄道としています。
しかし坊ちゃんの旅行描写を見てみると、三津浜港まで船というのは確かですが、「三津浜で降りたのは坊ちゃんの他5,6人に過ぎない」という大型船でした。
このため、三津浜まで乗った船は宇品三津浜のような短距離連絡船ではなく、大坂商船の長距離航路だというのが牧村さんの推測です。
したがって、牧村説によれば新橋から神戸までは汽車、神戸で半日時間をつぶしてから夕方発の汽船に乗船、翌朝に三津浜に着いたということです。

その後、漱石は身体のあちこちに病が発生し苦しみますが、特に胃潰瘍がひどかったようです。
その痛みは列車に揺られるとさらに増したのですが、それでも出かけなければならない用事がありました。

明治42年には南満州鉄道の総裁となった旧友の中村是公の招きで満州・朝鮮半島の旅に出かけますが、これが症状悪化の引金となりその後は闘病生活となりました。
死因の一つは汽車の旅ともいえるものだったのかもしれません。

今の鉄道の旅は快適で時間もかからないのですが、明治の旅は座り心地も悪い椅子に何十時間も乗るという大変なものだったのでしょう。
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爽風上々
爽風上々 さん本が好き!1級(書評数:2597 件)

小説など心理描写は苦手という、年寄りで、科学や歴史、政治経済などの本に特化したような読書傾向です。
熊本県の片田舎でブラブラしています。
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