ぽんきちさん
レビュアー:
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A「そうじゃ、わしが〇〇じゃ」B「ごめん遊ばせ、よろしくってよ」 AとB、どっちが博士でどっちがお嬢様?
「そうよ、あたしが知ってるわ」
「そうじゃ、わしが知っておる」
「そや、わてが知っとるでぇ」
「そうじゃ、拙者が存じておる」
「そうですわよ、わたくしが存じておりますわ」
「そうあるよ、わたしが知ってるあるよ」
「そうだよ、ぼくが知ってるのさ」
「んだ、おら知ってるだ」
いずれも英語で言えば“Yes, I know.”だろうが、日本語を母語とする話者ならば、どんな人物が話しているのか、ほぼ言い当てられるのではないだろうか(順に、女の子、老博士、関西人、武士、お嬢様、男の子、田舎者)。
著者はこうした、特定のキャラクターと結びつく特徴ある言葉遣いのことを「役割語」と呼ぶ。具体的には、<お嬢様ことば><田舎ことば><博士語>などが挙げられる。
こうした言葉は、示されればどんな人物と結びつけられているかが思い浮かぶわけだが、では実際、そうした人が本当にこうした「役割語」を話しているかといえば疑問が生じる。「ごめん遊ばせ、よろしくってよ」というお嬢様や「そうじゃ、わしが博士じゃ」という博士が実在するわけではない。それなのになぜこうした「役割語」が定着しているのだろうか。
本書では、こうした「役割語」成立の歴史を探る。
こうした中で注目されるのは、「役割語」の発展と<標準語>の成立との関連である。<標準語>があるから、非<標準語>があるわけである。<標準語>が成立するのは明治維新以降で、江戸の方言が元になっている。江戸時代には、上方ではもちろん、上方言葉が主流だったわけで、もし上方言葉が<標準語>の元になっていたら、「役割語」の在り方も変わっていたのかもしれない。
今ある「役割語」は、おおむね、こうした<標準語>の成立以後に生まれたものと考えればよいのだろう。
興味深い指摘はいくつかあるが、物語の中で、ヒーローや主人公と見なされる人物は往々にして<標準語>を話すというのもその1つ。受け手が、主人公と一体化しやすくする仕組みと著者は指摘しているが、なるほどこれは一理あるかもしれない。
虚構の中で「役割語」を話す人物は得てしてステレオタイプ化されている。<田舎者>であるとか<博士>であるとか役割を明確にすることで、物語は展開させやすくなる。
とはいえ、役割も時代に合わせて変化していくもの。関西弁を話すキャラクターは、かつてはがめついとかお笑い好きといった属性を持つことも多かったが、現代ではそうでもなくなっている。
<お嬢様言葉>の典型的なものは、実は昔は上品な言葉とはみなされていなかったというのもおもしろいところ。「○○てよ」「○○だわ」などは花柳界や下層階級で使われる言葉が元になっているとして、明治期には非難されていたというのだ。それらが女学校や少女雑誌などで<女学生言葉>として広がっていく。やがて女学校自体はなくなるのだが、それでもこうした言葉はどことなく「お嬢様」のイメージがあるものとして生き永らえていく。
中国人が使うイメージの<アルヨことば>はどこかピジン(2ヶ国語が混合することにより生み出される通用語)的である。片言の日本語に「アル」や「アリマス」を付ける形のものは、中国人に限らず、西洋人も使っていたようだ。<アルヨことば>が中国人、特に「怪しい中国人」と結びつけられるようになるのは、おそらく、日清戦争など、日中関係の悪化に伴うものである。<アルヨ>=中国人のイメージが定着する陰には、偏見や差別の色付けもあった。
「役割語」は、わかりやすいがゆえに、そうしたものを無自覚に取り入れやすいことには留意が必要だろう。
気になるのは、こうしたヴァーチャル役割語は世界の他の言語にもあるのかという点だ。イギリスなどは、階級によって言葉が異なり、出身がわかってしまう(cf:『ピグマリオン』)というが、架空の人物に特徴的な言い回しをさせる、というのとはまた違うような気がする。『日本の小説の翻訳にまつわる特異な問題』で取り上げられていたように、会話文の話者の性別がわかるというのも少なくとも英語にはない特徴だろう。
一概には言えないのだろうが、日本語にはどこか「役割語」が生まれやすい素地があるのかもしれない。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。現在、中雛、多分♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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