shawjinnさん
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オオルリに導かれた流星それぞれの物語

角川文庫夏フェア2025に挑戦!参加レビューです。
人生の折り返し地点を過ぎ、将来に漠然と不安を抱える種村久志(たねむら ひさし)。天文学者になった同級生、山際彗子(やまぎわ けいこ)が帰郷するとの知らせを聞きつけた。なんと手作りで天文台を建てるのだという。噂を聞いて、集まった仲間たち。彼らは、高校3年生のときの文化祭で、オオルリをあしらった空き缶製の巨大タペストリーをつくったとき以来の友人同士である。
そのオオルリ。さえずりが美しく、光沢のあるコバルトブルーの鮮やかなイメージが思い浮かぶ。タペストリーにも採用されている華やかな青い体色は、オスの成鳥の特徴である。他方、メスは全身が褐色味の強いベージュ色をしていて、森の木々の色に溶け込む体色である。オスだけでなくメスもさえずるのが面白い。春になると東南アジアから渡ってきて、夏に日本や朝鮮半島や中国東部で繁殖し、秋になると南へと戻る夏鳥である。
ここで、視線を大空から宇宙にむける。手作りの天文台で記念すべき初観測の対象となったのは、十月りゅう座流星群(別名ジャコビニ流星群)。母天体は、ジャコビニ・ツィナー彗星といって、黄道面を約6.5年という短い周期で公転している。軌道の遠日点が木星の軌道付近にあって、公転周期は5~8年という特徴をもつ木星族彗星の一員である。そして、スイ子こと彗子(けいこ)の名前の由来となった彗星でもある。
*黄道面:太陽系の8つの惑星(水金地火木土天海)全ての軌道が乗っているほぼ単一の平面
*遠日点:太陽の周りを回る天体が太陽から最も離れたときにいる場所
木星族彗星のふるさとは、現在の軌道のはるか彼方にあるエッジワース・カイパーベルトだと考えられている。つまり、海王星の外側の領域から、何らかの理由で、木星付近を遠日点とする軌道まで"落ちて"きたのだ。彗星が撒き散らす塵やガスが彗星の公転軌道に散乱していて、その領域を地球が通過すると、流星群として観測される。
手作り天文台の目的は、市販の小型望遠鏡を使用した観測によって、エッジワース・カイパーベルトに浮かんでいる惑星の形成材料の生き残り、すなわち半径およそ1kmという極めて小さなサイズの天体を、史上初めて発見することである。掩蔽(えんぺい)という天文現象を利用して観測する。掩蔽(えんぺい)とは、遠くの恒星からの光が、手前のエッジワース・カイパーベルトにある微小天体に遮られて、一瞬暗くなることである。つまり、「星食」が起きることを観測するのだ。
その掩蔽(えんぺい)観測を、十月りゅう座流星群に対して行おうというのである。なにしろエッジワース・カイパーベルト由来の物質であることにかけては、はるか彼方の"ふるさと"にもひけをとらないのだから。この観測は、小説から離れた現実の世界においても、例が無いかもしれない。お~攻めるねえ。とてもよい。
ところで、私達が肉眼で見ることのできる星は、全て、我らが天の川銀河の内側にある天体である。しかも、太陽系からかなり近い、天の川銀河のなかでは、端のほうにある星ばかりである。
まあ、個別の星でなくてよいのであれば、まずは天の川、そして、大マゼラン銀河、小マゼラン銀河、更には、アンドロメダ銀河も肉眼で見ることができる。非常にたくさんの星が連なることで川や雲のようにみえる。これらは、すべて、局所銀河群という、天の川銀河のご近所に位置する銀河から成る銀河集団に属している。宇宙の大規模構造の一部でもある。
こんな具合に、私達は、身近なものを見るために発達した視覚を使って、宇宙からやってくる光をも捉えることができる。なんと素晴らしいことではないか。
もっと遠くを見るためには、全方位に広がる光をできるだけ沢山集めて明るくしたいので、口径が大きくて焦点距離の短いレンズを用意する必要がある。つまり望遠鏡である。望遠鏡があれば、天の川銀河の外側にある、更に遠くの天体も観測することができる。
けれども、そういう観測は、大望遠鏡や宇宙望遠鏡にまかせてしまう。そして、手作り天文台チームとしては、身近な太陽系にありながら、大望遠鏡でも直接観測できない微小天体の観測に注力することで、太陽系誕生の謎に迫るための貴重な観測を行う。そのような方法を採用しているわけである。微小天体の観測という手法は、オオルリに引き寄せられて集まった仲間たち、ひとりひとりの人生とも重なってみえる───そういえば、手作り天文台の元になった建物は山の中の喫茶店なのだけれども、廃業した後、郵便ポストにオオルリが営巣していたのである───
実は、彼らはには、もうひとり、槙恵介(まき けいすけ)という仲間がいた。タペストリー制作の発案者であり、長身でイケメンのリーダー。にもかかわらず、恵介はタペストリーの完成を待たずに仲間を抜けてしまう。卒業式にも出席せず、卒業後の浪人時代に、大量の酒を飲んで駅のプラットフォームから落ち、電車にはねられて死んでしまう───そんな恵介に想いを寄せていた、いつも明るい伊東千佳(いとう ちか)。同じ中学校教員の典明(のりあき)と結婚して子宝にも恵まれている。でも、心の内では、全てのことを運命と諦めている女性でもある。
お調子者でムードメーカーの勢田修(せた おさむ)。製品試験の捏造を命じられて、壊れて引きこもってしまった梅野和也(うめの かずや)。そうだ、辻仁美(つじ ひとみ)、井出明宏(いで あきひろ)、小野寺慎平(おのでら しんぺい)、八田亮介(はった りょうすけ)、玉井優子(たまい ゆうこ)も手伝いに来てくれた。
恵介の謎の行動の理由は、物語が進むにつれて少しずつ明らかになっていく。それぞれの「星食」で見失ってしまった星を再び見つけるために、天文台は欠くべからざる存在だったのであろう。
"幸せの青い鳥"、オオルリ。最初は、ときに身を危険にさらすほど目立つ、青色の要素が気になる。でも、しばらくすると、自然に溶け込むためのベージュ色の要素も大事であることに気づく。加えて、青色の要素だって、何年もかけて経験を積んだのちに目立っているのだということにも。また、一般的に、鳥のさえずりは求愛行動や縄張りを主張するために、目立つ要素の方が行うことが多いのだけれども、オオルリの場合には、自然に溶け込む要素の方も、雛を守るためにさえずる。つまり、周囲環境から目立つことも、周囲環境に溶け込むことも、自身が置かれた状況に応じて、様々に使いわけているのだ。
端的にいえば、"幸せの青い鳥"の鮮やかな青色は、鳥の生態の一部に過ぎない。だんだん、それがわかってくる。だから───実生活で展開する多岐にわたる要素について、あれこれ噛み分けたうえでもなお、しみじみとした幸せが感じられるのであれば最高だ。そんな"オオルリに導かれた流星たち"の物語である。
人生の折り返し地点を過ぎ、将来に漠然と不安を抱える種村久志(たねむら ひさし)。天文学者になった同級生、山際彗子(やまぎわ けいこ)が帰郷するとの知らせを聞きつけた。なんと手作りで天文台を建てるのだという。噂を聞いて、集まった仲間たち。彼らは、高校3年生のときの文化祭で、オオルリをあしらった空き缶製の巨大タペストリーをつくったとき以来の友人同士である。
そのオオルリ。さえずりが美しく、光沢のあるコバルトブルーの鮮やかなイメージが思い浮かぶ。タペストリーにも採用されている華やかな青い体色は、オスの成鳥の特徴である。他方、メスは全身が褐色味の強いベージュ色をしていて、森の木々の色に溶け込む体色である。オスだけでなくメスもさえずるのが面白い。春になると東南アジアから渡ってきて、夏に日本や朝鮮半島や中国東部で繁殖し、秋になると南へと戻る夏鳥である。
ここで、視線を大空から宇宙にむける。手作りの天文台で記念すべき初観測の対象となったのは、十月りゅう座流星群(別名ジャコビニ流星群)。母天体は、ジャコビニ・ツィナー彗星といって、黄道面を約6.5年という短い周期で公転している。軌道の遠日点が木星の軌道付近にあって、公転周期は5~8年という特徴をもつ木星族彗星の一員である。そして、スイ子こと彗子(けいこ)の名前の由来となった彗星でもある。
*黄道面:太陽系の8つの惑星(水金地火木土天海)全ての軌道が乗っているほぼ単一の平面
*遠日点:太陽の周りを回る天体が太陽から最も離れたときにいる場所
木星族彗星のふるさとは、現在の軌道のはるか彼方にあるエッジワース・カイパーベルトだと考えられている。つまり、海王星の外側の領域から、何らかの理由で、木星付近を遠日点とする軌道まで"落ちて"きたのだ。彗星が撒き散らす塵やガスが彗星の公転軌道に散乱していて、その領域を地球が通過すると、流星群として観測される。
手作り天文台の目的は、市販の小型望遠鏡を使用した観測によって、エッジワース・カイパーベルトに浮かんでいる惑星の形成材料の生き残り、すなわち半径およそ1kmという極めて小さなサイズの天体を、史上初めて発見することである。掩蔽(えんぺい)という天文現象を利用して観測する。掩蔽(えんぺい)とは、遠くの恒星からの光が、手前のエッジワース・カイパーベルトにある微小天体に遮られて、一瞬暗くなることである。つまり、「星食」が起きることを観測するのだ。
その掩蔽(えんぺい)観測を、十月りゅう座流星群に対して行おうというのである。なにしろエッジワース・カイパーベルト由来の物質であることにかけては、はるか彼方の"ふるさと"にもひけをとらないのだから。この観測は、小説から離れた現実の世界においても、例が無いかもしれない。お~攻めるねえ。とてもよい。
ところで、私達が肉眼で見ることのできる星は、全て、我らが天の川銀河の内側にある天体である。しかも、太陽系からかなり近い、天の川銀河のなかでは、端のほうにある星ばかりである。
まあ、個別の星でなくてよいのであれば、まずは天の川、そして、大マゼラン銀河、小マゼラン銀河、更には、アンドロメダ銀河も肉眼で見ることができる。非常にたくさんの星が連なることで川や雲のようにみえる。これらは、すべて、局所銀河群という、天の川銀河のご近所に位置する銀河から成る銀河集団に属している。宇宙の大規模構造の一部でもある。
こんな具合に、私達は、身近なものを見るために発達した視覚を使って、宇宙からやってくる光をも捉えることができる。なんと素晴らしいことではないか。
もっと遠くを見るためには、全方位に広がる光をできるだけ沢山集めて明るくしたいので、口径が大きくて焦点距離の短いレンズを用意する必要がある。つまり望遠鏡である。望遠鏡があれば、天の川銀河の外側にある、更に遠くの天体も観測することができる。
けれども、そういう観測は、大望遠鏡や宇宙望遠鏡にまかせてしまう。そして、手作り天文台チームとしては、身近な太陽系にありながら、大望遠鏡でも直接観測できない微小天体の観測に注力することで、太陽系誕生の謎に迫るための貴重な観測を行う。そのような方法を採用しているわけである。微小天体の観測という手法は、オオルリに引き寄せられて集まった仲間たち、ひとりひとりの人生とも重なってみえる───そういえば、手作り天文台の元になった建物は山の中の喫茶店なのだけれども、廃業した後、郵便ポストにオオルリが営巣していたのである───
実は、彼らはには、もうひとり、槙恵介(まき けいすけ)という仲間がいた。タペストリー制作の発案者であり、長身でイケメンのリーダー。にもかかわらず、恵介はタペストリーの完成を待たずに仲間を抜けてしまう。卒業式にも出席せず、卒業後の浪人時代に、大量の酒を飲んで駅のプラットフォームから落ち、電車にはねられて死んでしまう───そんな恵介に想いを寄せていた、いつも明るい伊東千佳(いとう ちか)。同じ中学校教員の典明(のりあき)と結婚して子宝にも恵まれている。でも、心の内では、全てのことを運命と諦めている女性でもある。
お調子者でムードメーカーの勢田修(せた おさむ)。製品試験の捏造を命じられて、壊れて引きこもってしまった梅野和也(うめの かずや)。そうだ、辻仁美(つじ ひとみ)、井出明宏(いで あきひろ)、小野寺慎平(おのでら しんぺい)、八田亮介(はった りょうすけ)、玉井優子(たまい ゆうこ)も手伝いに来てくれた。
恵介の謎の行動の理由は、物語が進むにつれて少しずつ明らかになっていく。それぞれの「星食」で見失ってしまった星を再び見つけるために、天文台は欠くべからざる存在だったのであろう。
四十五歳になった今の自分たちは、「星食」のときを生きているようなものなのかもしれない。それを頼りに歩いていけばいいと思っていた星が、突然光を失い、どこにあるかわからなくなってしまった。その星と自分たちとの間を、別の天体が横切っているのだ。
けれど「星食」は、いずれ終わる。そのときは、見失った星をまた探してもいいし、別の星を見つけて生きていってもいい。
そう。星を見つけるためには、天文台が必要だ。だから今はあれこれ悩むのをやめて、この天文台を作り上げよう。彗子のためではなく、自分のために。
"幸せの青い鳥"、オオルリ。最初は、ときに身を危険にさらすほど目立つ、青色の要素が気になる。でも、しばらくすると、自然に溶け込むためのベージュ色の要素も大事であることに気づく。加えて、青色の要素だって、何年もかけて経験を積んだのちに目立っているのだということにも。また、一般的に、鳥のさえずりは求愛行動や縄張りを主張するために、目立つ要素の方が行うことが多いのだけれども、オオルリの場合には、自然に溶け込む要素の方も、雛を守るためにさえずる。つまり、周囲環境から目立つことも、周囲環境に溶け込むことも、自身が置かれた状況に応じて、様々に使いわけているのだ。
端的にいえば、"幸せの青い鳥"の鮮やかな青色は、鳥の生態の一部に過ぎない。だんだん、それがわかってくる。だから───実生活で展開する多岐にわたる要素について、あれこれ噛み分けたうえでもなお、しみじみとした幸せが感じられるのであれば最高だ。そんな"オオルリに導かれた流星たち"の物語である。
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- 出版社:KADOKAWA
- ページ数:0
- ISBN:9784041148815
- 発売日:2024年06月13日
- 価格:880円
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