ぱせりさん
レビュアー:
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1945年秋、台湾中央山脈、三叉山で
★上下巻あわせての感想です。
一九四五年九月十日、日本軍の捕虜になっていた兵士たちを帰国させるべく、米軍輸送機は沖縄からフィリピンに向かって飛んでいたが、台湾の中央山脈、三叉山付近で墜落する。この時点でほとんどの乗員は即死。日本人警察官、憲兵、山の民ブヌン族による救助隊が救助に向かうが、大型台風に襲われ、救助隊は、山中でほぼ全滅してしまう。
三叉山事件というそうだ。
救助隊の案内役だったブヌン族の若者ハルムトが、この物語の主人公である。
双子は禁忌という一族で、ハルムトは双子の片割れとして生まれた。生まれてすぐに殺されるところを祖父によって命を救われる。
幼い頃に双子兄を喪って、ひとりになってしまった彼の前に現れたのが、親友(以上の存在)になるハイヌナンで、彼らは、いつも一緒に過ごした。十七歳でハイヌナンを失うまで。
この物語は、ハイヌナンと過ごした青春期の思い出を綴った上巻と、救助隊として山中にいる失意のハルムトの今を追う下巻とで、できている。
長いあいだの日本の支配。奪われた土地。差別。抵抗。屈服。
戦争が終わり、俄かに逆転した立場を双方、扱いかねている気まずさと、言葉にできない積年の思いもくすぶっているけれど、物語が描き出す日本人や、日本の文化に対しては、憎しみだけではない、複雑な思いが見て取れる。奪い支配する側の文化や価値観に馴染むしか、生き延びるための道がなかったからだろうか。
日本人、少数部族、漢人、そして米人。その出自よりも、それぞれ別箇のいくつもの人生の物語は、ささやかで哀しく、愛おしい。
それぞれの人々が語る、様々な民族の伝説や神話、自分の人生を絡めた独自の物語や詩、俳句などが、それを話してくれた人の思い出とともに心に残るのだ。
ハルムトが語る、半分に割れたクルミの殻の話が、ずっと心に残っている。
「クルミの中に二匹のキツネがいる。二つに割って向かい合わせよう……」
思えば、ハルムトは、半分に割れたクルミの片方のようだ。残りの半分は、双子の兄であり、親友のハイヌナンだ。
クルミの中の小さな一匹のキツネが語り始めた、と感じている。私はそれを聞いているのだ。キツネの声は、風の音になる。山の木々を揺らす風の音に。
一九四五年九月十日、日本軍の捕虜になっていた兵士たちを帰国させるべく、米軍輸送機は沖縄からフィリピンに向かって飛んでいたが、台湾の中央山脈、三叉山付近で墜落する。この時点でほとんどの乗員は即死。日本人警察官、憲兵、山の民ブヌン族による救助隊が救助に向かうが、大型台風に襲われ、救助隊は、山中でほぼ全滅してしまう。
三叉山事件というそうだ。
救助隊の案内役だったブヌン族の若者ハルムトが、この物語の主人公である。
双子は禁忌という一族で、ハルムトは双子の片割れとして生まれた。生まれてすぐに殺されるところを祖父によって命を救われる。
幼い頃に双子兄を喪って、ひとりになってしまった彼の前に現れたのが、親友(以上の存在)になるハイヌナンで、彼らは、いつも一緒に過ごした。十七歳でハイヌナンを失うまで。
この物語は、ハイヌナンと過ごした青春期の思い出を綴った上巻と、救助隊として山中にいる失意のハルムトの今を追う下巻とで、できている。
長いあいだの日本の支配。奪われた土地。差別。抵抗。屈服。
戦争が終わり、俄かに逆転した立場を双方、扱いかねている気まずさと、言葉にできない積年の思いもくすぶっているけれど、物語が描き出す日本人や、日本の文化に対しては、憎しみだけではない、複雑な思いが見て取れる。奪い支配する側の文化や価値観に馴染むしか、生き延びるための道がなかったからだろうか。
日本人、少数部族、漢人、そして米人。その出自よりも、それぞれ別箇のいくつもの人生の物語は、ささやかで哀しく、愛おしい。
それぞれの人々が語る、様々な民族の伝説や神話、自分の人生を絡めた独自の物語や詩、俳句などが、それを話してくれた人の思い出とともに心に残るのだ。
ハルムトが語る、半分に割れたクルミの殻の話が、ずっと心に残っている。
「クルミの中に二匹のキツネがいる。二つに割って向かい合わせよう……」
思えば、ハルムトは、半分に割れたクルミの片方のようだ。残りの半分は、双子の兄であり、親友のハイヌナンだ。
クルミの中の小さな一匹のキツネが語り始めた、と感じている。私はそれを聞いているのだ。キツネの声は、風の音になる。山の木々を揺らす風の音に。
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いつまでも読み切れない沢山の本が手の届くところにありますように。
ただたのしみのために本を読める日々でありますように。
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- 出版社:白水社
- ページ数:0
- ISBN:9784560090862
- 発売日:2023年08月06日
- 価格:2640円
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