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ぱるころ
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「漢詩」を自由詩で翻訳してみたら…俳人でもある著者の、詩の世界観が面白い。
「詩」というのは、思いのままに書き連ねたようでいながら実は計算し尽くされた言葉…そんなイメージがある。それは、ただ完璧であることを指すのではない。著者の言葉を借りれば、「詩とは誤謬の創」。創(きず)をつくることで詩の世界は生まれるのだ。

著者 小津夜景は、フランス在住の俳人。この本では、漢詩を自由詩のかたちに翻訳している。日常をテーマにしたエッセイの中で漢詩を紹介し、さらに自身の俳句も折り込まれているという形式だ。


漢詩を自由詩にすると、どのような感じになるのか。藤原忠通作『賦覆盆子』は、野いちごについて詠った詩。
最初の二行
『夏来偏愛覆盆子
 他事又無楽不窮』は、
『夏が来るとやみつきになるのが野いちご
 どれだけむさぼっても飽きることがない』
と訳されている。
親しみやすくなるだけでなく、野いちごは覆盆子と書くのかといった驚きや発見がある。


著者の文章を読んで気づくのは、構成がまるで詩のように美しくまとまっていることだ。中でも『とりのすくものす』の章は、こんな文章を書くことができたら気持ちがいいだろうなぁとただただ憧れた。

「シニョンを編むのがすごく上手い友人がいる。」という一文から始まるこの章は、髪型から鳥の巣を連想し、シャーロン・ビールズ著『鳥の巣 -50個の巣と、50種の鳥たち-』という本の話になる。その本によると、鳥の巣の造形は鳥の種類ごとに異なるが、集めた巣材を蜘蛛の糸で綴じる鳥は多いのだそう。

ここで登場する漢詩が、島田忠臣の作品『見蜘蛛作網』。自由詩に翻訳すると『蜘蛛の巣づくりを見る』というタイトルだ。
章の終わりに向けて、場面は日常に戻る。朝、窓の外に新しい蜘蛛の巣を見つけた著者は、すがすがしい光の中で「平凡なシニョン」に髪をまとめあげる。

この本では著者の経歴について断片的にしか分からないが、どうやら体があまり丈夫ではなかったようだ。きっと、平凡な慌ただしい日常を過ごす私よりも、一つの物事とじっくり向き合う機会が多いのだろう。
私もいつか、こんな文章や詩を書いてみたい。主題を決めたら、そこまでゆるりと運ぶための材料は必要だが、散らかしてはいけない。「誤謬の創」は、完全なものの中にあってこそ生きるのだ。道のりは長いけれど、そんな世界があることをこの本は教えてくれた。

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ぱるころ
ぱるころ さん本が好き!1級(書評数:147 件)

週1〜2冊、通勤時間や昼休みを利用して本を読んでいます。
ジャンルは小説・エッセイ・ビジネス書・自己啓発本など。
読後感、気付き、活かしたい点などを自分なりに書き、
また、皆さんからも学びたいと考え参加しました。
よろしくお願いします。

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