ゆうちゃんさん
レビュアー:
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18世紀中頃にリスボンを襲った大地震は、自然災害の影響もさることながら、宗教や思想に大きな影響を与えた。それをカルヴァーリョと言う啓蒙主義者とポルトガルの歴史・宗教に絡めて書かれた優れた本である。
こちらも朝日新聞の書評で知った本。2011年春の東日本大震災の暫く後、横浜の書店で本を選んでいると、リスボンの大地震の本の在庫がないことに怒った男性の声が聞こえた。その男性の声には焦りのようなものを感じたが、怒られている書店員には理不尽なことだと思った。本書は2008年に執筆されたものらしいが翻訳は2023年8月であり、件の男性が求めていた本とは異なるのだが、その時に「リスボンの大地震」のことを知ったのは事実である。先日読んだ「歴史交錯」にもリスボンの大地震のことが記述されているが、それは16世紀の出来事で、本書で取り上げるのは1755年11月1日、万聖節の日の地震で、ポルトガルのみならず、ヨーロッパに大きな影響を与えた。この地震はヨーロッパ史上でもまれにみる大災害らしい。
本書は八章からなる。第一章は地震の起きた時の様子から国王ジョゼ1世が名臣カルヴァーリョに復興を命じるまで、第二章は、復興を指揮したカルヴァーリョの経歴、そして彼が命じた秩序の回復を中心とした大地震からの初期的な復興の様子について書かれている。第三章は「被害の詳細」の題名の通り種々の被害について記述している。第四、五章は全く内容が変わりポルトガルの歴史、第六章は地震の原因をめぐる聖職者と哲学者の論争について、第七章は、カルヴァーリョが部下に指示してさせた、リスボン復興の課程の詳細(20年かかっている)、第八章は本書の主人公と言えるカルヴァーリョの統治の特徴について述べている。
こうして俯瞰してみると本書は地震そのものについて書かれた最初の三章とポルトガルの歴史について書かれた五、六章、それ以降の三つの章と大きく三つに分かれているように思える。途中でポルトガルの歴史について触れているのは、この1755年のリスボンの大地震が、地震そのものの大きさもさることながら、ヨーロッパ思想の転換点になっているからと言えるからだ。そういう意味では第六章が本書の要である。ポルトガルはカルタゴやローマ、そしてイスラム教(ウマイヤ朝)の支配を経て、レコンキスタによりポルトガル人の国になった。この過程で十字軍とカトリックが大きく関与しており、ヨーロッパにありながら後進的な国になってしまった。
北欧やイタリアがルネサンスの栄光に輝いていた頃、ポルトガルはキリスト教が支配する暗黒の中世に逆戻りしている。しかも大航海時代には先陣を切りブラジルで金鉱が見つかると形だけ繁栄した。その金は国の欠点を補うどころか、戦争、宮廷の虚飾、そしてローマ教皇への寄進に使われる。著者はそれについて述べた第五章を「名ばかりの黄金時代」と呼んでいる。民衆は貧窮にあえぎ、聖職者は頑迷に陥り異端審問所が賑わった。
カトリックから見れば、リスボンは彼らの理想が実践されている場所である。ユダヤ人を迫害し、異端は容赦なく処刑される。そんな神の国に最も近い場所でなぜ大地震が起きたのだろうか。この地震で多くの異端審問所が、宮殿などともに瓦礫と化しているし、異端審問所の長官マヌエル・ヴァレジャン・デ・タヴォラは亡くなっている。カルヴァーリョは若い頃から啓蒙思想に触れ、外交官としてイギリスやオーストリアに赴任した。そんな彼はポルトガルの中にあって、啓蒙を体現する人間である。地震の後、彼は、これが自然現象によるもので復興と再び地震が起きた時に災害耐性に強い町造りが必要だと言う。
カルヴァーリョは地震を神の鉄槌と説くキリスト教会幹部と鋭く対立する。リスボンは当時も、ヨーロッパの貿易の主要都市であり、この地震は商業的にも、また思想的にも大きな影響を与えた。最善説は、ヴォルテールが「カンディード」で鋭く批判した説であるが、この地震がよい反例となっている。
カルヴァーリョは啓蒙を体現する善人かと言えばそうでもない。反対者は些細なきっかけで徹底的に断罪している。著者は第八章「啓蒙主義と独裁」で彼の二極性を論じている。
彼の改革は良い意図でなされたことは確かだが、あまりにも急進的であり、彼の庇護者ともいえるジョゼ1世の死去と共に彼の改革はつぶされてゆく。以後、ポルトガルはヨーロッパ中の後進国として、他国の後塵を拝することになった。
ヴォルテールの名作「カンディード」の真の意味も本書で知った。リスボンでカンディードが地震に遭う話は、多くの逸話のひとつくらいに読んでいたが、おそらく著者ヴォルテールの執筆の動機の中ではかなり大きな部分を占めるものなのだろう。
ローマやロンドン大火、カルタゴやコンスタンティノープルの陥落に比較してもその被害はリスボン大地震によるものが甚大である(69頁)。
本書は八章からなる。第一章は地震の起きた時の様子から国王ジョゼ1世が名臣カルヴァーリョに復興を命じるまで、第二章は、復興を指揮したカルヴァーリョの経歴、そして彼が命じた秩序の回復を中心とした大地震からの初期的な復興の様子について書かれている。第三章は「被害の詳細」の題名の通り種々の被害について記述している。第四、五章は全く内容が変わりポルトガルの歴史、第六章は地震の原因をめぐる聖職者と哲学者の論争について、第七章は、カルヴァーリョが部下に指示してさせた、リスボン復興の課程の詳細(20年かかっている)、第八章は本書の主人公と言えるカルヴァーリョの統治の特徴について述べている。
こうして俯瞰してみると本書は地震そのものについて書かれた最初の三章とポルトガルの歴史について書かれた五、六章、それ以降の三つの章と大きく三つに分かれているように思える。途中でポルトガルの歴史について触れているのは、この1755年のリスボンの大地震が、地震そのものの大きさもさることながら、ヨーロッパ思想の転換点になっているからと言えるからだ。そういう意味では第六章が本書の要である。ポルトガルはカルタゴやローマ、そしてイスラム教(ウマイヤ朝)の支配を経て、レコンキスタによりポルトガル人の国になった。この過程で十字軍とカトリックが大きく関与しており、ヨーロッパにありながら後進的な国になってしまった。
十字軍とレコンキスタはより強固な信仰を生み出し、これ以後何世紀にもわたりこの国の性格を生み出していった(94頁)。
北欧やイタリアがルネサンスの栄光に輝いていた頃、ポルトガルはキリスト教が支配する暗黒の中世に逆戻りしている。しかも大航海時代には先陣を切りブラジルで金鉱が見つかると形だけ繁栄した。その金は国の欠点を補うどころか、戦争、宮廷の虚飾、そしてローマ教皇への寄進に使われる。著者はそれについて述べた第五章を「名ばかりの黄金時代」と呼んでいる。民衆は貧窮にあえぎ、聖職者は頑迷に陥り異端審問所が賑わった。
カトリックから見れば、リスボンは彼らの理想が実践されている場所である。ユダヤ人を迫害し、異端は容赦なく処刑される。そんな神の国に最も近い場所でなぜ大地震が起きたのだろうか。この地震で多くの異端審問所が、宮殿などともに瓦礫と化しているし、異端審問所の長官マヌエル・ヴァレジャン・デ・タヴォラは亡くなっている。カルヴァーリョは若い頃から啓蒙思想に触れ、外交官としてイギリスやオーストリアに赴任した。そんな彼はポルトガルの中にあって、啓蒙を体現する人間である。地震の後、彼は、これが自然現象によるもので復興と再び地震が起きた時に災害耐性に強い町造りが必要だと言う。
この調査(カルヴァーリョが各地の教会に送った調査票)は現在の地震ではルーティンワークに見えるが当時は画期的だった。ポルトガルが啓蒙国家として大きく一歩踏み出した明白な証左だった(180頁)。
カルヴァーリョは地震を神の鉄槌と説くキリスト教会幹部と鋭く対立する。リスボンは当時も、ヨーロッパの貿易の主要都市であり、この地震は商業的にも、また思想的にも大きな影響を与えた。最善説は、ヴォルテールが「カンディード」で鋭く批判した説であるが、この地震がよい反例となっている。
アレグザンダー・ホープは「いかなることも、それは正しい」と言っている。これは神と神のなすことはすべて、不可知ではあっても、理性の光のもとにとらえることが出来ると確信する理神論の表明である。だがリスボン大地震がこれに疑問を投げかけた(140頁)。
カルヴァーリョは啓蒙を体現する善人かと言えばそうでもない。反対者は些細なきっかけで徹底的に断罪している。著者は第八章「啓蒙主義と独裁」で彼の二極性を論じている。
カルヴァーリョはフリードリヒ大王やヨーゼフ2世と同様な啓蒙専制君主だった。カルヴァーリョにとって権力は社会を変革しつづけるための手段に過ぎなかった(219頁)。
彼の改革は良い意図でなされたことは確かだが、あまりにも急進的であり、彼の庇護者ともいえるジョゼ1世の死去と共に彼の改革はつぶされてゆく。以後、ポルトガルはヨーロッパ中の後進国として、他国の後塵を拝することになった。
ヴォルテールの名作「カンディード」の真の意味も本書で知った。リスボンでカンディードが地震に遭う話は、多くの逸話のひとつくらいに読んでいたが、おそらく著者ヴォルテールの執筆の動機の中ではかなり大きな部分を占めるものなのだろう。
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神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。
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