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ぱるころ
レビュアー:
主人公「わたし」の職業は、文字の羅列に意味を与えること。
この作品はのちに『文字移植』という表題へと改題されている。
主人公の「わたし」は翻訳家で、南国のカナリア諸島に滞在し、ある作品を仕上げようとしている。物語の中で「わたし」が翻訳しているのは実在する作品であり、物語と「わたし」の翻訳作業とが同時進行する。


まず驚いたのは、物語文に「、(読点)」が一つもなく、一文がとても長いこと。2ページ目に早速登場するのは、次のような文。
「黒ずんだサボテンがぼつぼつと突き出した砂色の斜面がどのくらいと尋ねられても答えられない近いような遠いようなそんな距離ほど続きやがてバナナ園の不気味な波の中に呑み込まれていくその向こうには海が見えしかしその海がどこから空になっていくのか境界線らしいものは全く見えなかった。」
続く一文もまた、同じくらい長い。しかし、全体を通して意外にすんなりと意味を掴むことができる。

これに対し、主人公が翻訳してゆく語句の羅列は「、」で区切られている。
例えば
「九割は、犠牲者の、口を、縫いふさがれている……」
という一行が登場するが、この箇所を繋げていっても意味は理解できない。

「わたし」は未だ一つの作品を最後まで訳しきったことがなく、今回取り組んでいる作品に関しても味方のいない孤独な作業を続けている。
一つの作品を完成させたとき、自分はどうなってしまうのだろうか…そんな状況下で、いつの間にか隣を歩く原作者の幻影…。


主人公が翻訳する語句の羅列と、物語との関連性が、初読では十分理解できなかったかもしれない。しかし、翻訳という世界の一部を理解することはできたと思う。
昔の本で翻訳しか残っていない本はあるか、なぜそれが原本でないと分かるのか、という島の郵便局員の問いに「わたし」はこう答える。
「それは誰でもすぐ分かりますよ。翻訳というのはそれ自体がひとつの言語のようなものですから。何かバラバラと小石が降ってくるような感じがするんで分かるんです。」

ある文化では文字の羅列に過ぎないものが、翻訳者の中に落とし込まれ、意味を持って他言語へと生まれ変わることによりその文化へと受け入れられてゆくのだ。この作品は翻訳の世界を描く作者の新たな試みであったように受け取ることができる。
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ぱるころ
ぱるころ さん本が好き!1級(書評数:147 件)

週1〜2冊、通勤時間や昼休みを利用して本を読んでいます。
ジャンルは小説・エッセイ・ビジネス書・自己啓発本など。
読後感、気付き、活かしたい点などを自分なりに書き、
また、皆さんからも学びたいと考え参加しました。
よろしくお願いします。

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