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紅い芥子粒
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ひととおり読み終えたあとに、パラパラと拾い読みすると、ああこんなことも書いてあったんだと感動する。良い本に出会えたと感謝している。
カリブ海に浮かぶ、雨林の繁った小さな島、騎士島。
そこに、白人の富豪の別荘があった。
別荘の主人は、ミスター・ストリート。七十歳の老人である。四年前に二十も若い妻と、二人の使用人を連れて、フィラデルフィアから移り住んだ。
二人の使用人は黒人の夫婦で、夫は執事で妻は料理人。
黒人夫婦は、もう三十年も前から、白人のミスター・ストリートに仕えている。
ミスター・ストリートの父親はキャンディの製造販売で財を成した人で、ミスター・ストリートは、二代目のキャンディ王だ。
ミスター・ストリートと執事の会話を読んでいると、軽妙でおかしみがあり、親しい友人どうしのようである。
夫人と料理人も、年齢が近いせいか姉妹のように仲がよさそうだ。

ジャディーンは、執事の姪である。ミスター・ストリートの支援があって、ソルボンヌで学び美術史の修士をとり、モデルもしている。才色兼備の黒人女性として、白人社会で活躍の足場を固めつつある。ジャディーンは、ストリート夫妻から家族のようなあつかいを受けていた。

12月のクリスマスが近い日。
別荘にひとりの黒人の男がしのびこんだ。その男はわけあって逃亡中で、船を脱け出し、島へ泳ぎ着いた。別荘にしのびこんだのは、空腹をなんとかするためだった。
男の名まえは、サン。ミスター・ストリートは、この侵入者の黒人男を、なぜか客人のようにもてなす。

サンは、粗暴で野蛮だが聡明で美男子だった。
ジャディーンとサンは、たちまち恋に落ちる。

クリスマスの夜。招待した白人の客たちは荒天のため島まで来られず、白人の主人夫妻と、黒人の使用人夫妻とその姪、侵入者の黒人サンが、ひとつのテーブルを囲んだ。その席で、それぞれの胸の底に淀んでいた澱のようなものが、爆発する。
黒人と白人の、夫と妻の、主人と使用人の、親と子の、…… 人種の、民族の、資本の、奴隷の、文化の、性愛の…… 。そもそもミスター・ストリートが父親から受け継いだ富は、黒人奴隷の労働を盗んで築いたものではないか。
間にはさまれたジャディーンは、はらはらして叔父と叔母をなだめ、ミスター・ストリートの機嫌をとろうとする。
矛盾をはらみながらも各々の我慢でうまくやっていたはずのひとつの「家」は、クリスマスの夜に、粉々に砕け散った。それでも三十年も依存し合っていれば、離れては生きていけない彼らだったのだ。

後半は、ジャディーンとサンの恋愛を中心に物語はすすんでいく。
黒人の文化も伝統も切り捨て、白人社会で上昇していこうとする高学歴のジャディーンと、アメリカの小さな町の黒人だけのコミュニティに愛着を持つサン。
ふたりの恋の行方は……? 

作中の人物のひとりひとりの存在がズシリと重い小説である。
白人夫婦にはマイケルという息子がいるが、彼は文化人類学の研究者で、ネイティブアメリカンの部落で暮らしているらしい。両親がしきりに名まえを口にするが、クリスマスの食卓についに現れることはなかった。しかし、クリスマスの夜の大爆発は、マイケルのことがきっかけだったのだ。不在の人物の存在さえ重い。

ひととおり読み終えた後にパラパラと拾い読みしていくと、ああこんなことも書いてあったんだと、新しい発見に出会う。書店でたまたま見て買ったのだが、よい本に出会えたと感謝している。
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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:560 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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