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shawjinnさん
shawjinn
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謎解きの鍵は特許法の規程。異彩を放つミステリー。
先日、ぽんきちさんが紹介されていた本書。もうひとつの、独醒書屋さんのレビューも合わせて、面白そうだったので、さっそく読んでみた。

本書の主人公である大鳳未来(おおとり みらい)は弁理士である。というわけで、まずは、特許制度や弁理士さんの役割の説明からはじめることにする。この小説を読むときにも、特許にまつわる背景情報があると、なにかと見通しが良くなると思うので。本書のストーリーと関連する項目は、★で示す。

特許の出願や権利取得は、通常は、弁理士を代理人として、発明者や、発明者の所属する会社などの方針に寄り添うかたちで行われる。つまり、弁理士は発明者や会社の良きパートナーである。

たとえば、発明者が、所属する会社へ特許を受ける権利を譲渡し、会社が弁理士を代理人として特許出願をし、特許出願の内容が審査されて特許が認められると、特許権が発生する。この場合、会社=出願人が自動的に特許権者になる。特許権の存続期間は、特許出願の日から20年である。

出願された発明は、出願日から1年6か月たつと公開される(特許公開公報)。この発明が特許権を得るのにふさわしいかの審査を請求する期限は出願日から3年以内だし、審査にも時間がかかるし、特許が認められない場合もあるので、公開された発明に対して、ただちに特許権が発生するわけではない。

それでも、出願によって他者が同様の発明を権利化することは阻止できるので、防衛にはなる。出願された発明の審査請求率は全体として7割程度である。どの出願を審査請求の対象にするかといった発明の取り扱いについては、各々の特許戦略によって様々である。審査請求されなかった発明は、誰もが利用できる公知例のひとつとなって、該当技術の発展に寄与することになる。

なお、従業員が職務上行う発明(職務発明)については、特許を受ける権利を発明者(従業員)から会社に承継させるよう、会社があらかじめ勤務規則や契約等で定めてもよいし、また、会社と従業者との間の事前の合意により、最初から権利を会社に帰属させることもできる。このあたりの規定は、ノーベル賞授賞技術でもある青色LEDの裁判の結果を受けて改正されている。発明者と会社の歩み寄りを求めていることが、考え方の基本となっている。

そして、発明者(従業員)は、会社から、相当の対価の支払いを受ける権利を有している。もし、何も取り決めが無い場合には、特許自体が無効になる場合もあるだろう。★

また、出願人は第三者に特許を受ける権利を譲渡することができる。同様に、特許権者は第三者に特許権を譲渡することができる。独占ライセンス契約中に、知的財産の権利者が不法行為を行ったら、利用者に権利を譲渡するという契約になっていることもあるだろう。★

それから、ある製品が、正当な特許権者から許諾を受けずに製造されたり販売されたりしている場合には、たとえ、その製品を適法に購入したとしても、製品を経済活動に使用すれば、特許権侵害になることはあり得る。製造者や販売者にも責任の一端を負わせることは可能だとしても。★

弁理士の業務には、知的財産に関する権利を取得するための申請書類の作成、知的財産権の紛争解決、コンサルティング業務などがある。このうち、知的財産権の紛争解決の分野では、弁理士自体にスポットライトが当たりやすいし、弁理士を主人公にした小説の材料にもなりやすいだろう。★

紛争の現場では、パテント・トロールをやっていたような海千山千の弁理士の方が、駆け引きに強いといったこともあるかもしれない。ここで、パテント・トロールとは、自分では事業をする気のない製品の特許を取得した上で、特許侵害だ~と他の企業に吹っ掛けて金をせびる輩のことである。イメージでいうと、ファンドのハゲタカに近いかもしれない。★



人気VTuber天ノ川(あまのがわ)トリィの所属事務所に、侵害警告書が届いた。『御社に所属するVTuber天ノ川トリィが使用している撮影システムの使用行為は、弊社の有する専用実施権を侵害する』───とのことである。専用実施権とは、特許による発明を独占的・排他的に実施できる権利のことである。

天ノ川トリィが使用している撮影システムは、レーザースキャナーによって、演者の動きとCGキャラクターの動きが、微細な表情も含めて何もかも完全に鏡映しになるような優れものである。このシステムが使えないと、現在の映像クオリティ保てなくなってしまうので、非常に痛手である。

事件の背景には、企業同士の謀略があるのだが、弁理士で元パテント・トロールの大鳳未来がその謀略の謎を解いていく。謎解きの鍵が、特許法の規程(複数の規定を体系的にまとめた総体)となっているところが、ミステリーとして異彩を放っている。

未来とトリィが、衝突しながらも少しずつ距離を縮めていく様子や、未来の相棒で弁護士の姚愁林(よう しゅうりん)、そして未来にこき使われる三人の男なども、本書の読みどころのひとつであろう。
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shawjinn
shawjinn さん本が好き!1級(書評数:85 件)

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