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スーヌさん
スーヌ
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横溝正史幻の新聞連載小説 迫り来る思想統制と横溝はどう戦ったのか
 横溝家の物置にあった原稿の詰まった段ボール箱の中から発見された小説の一部。
 物語の体裁から新聞の連載小説ではないかと見当をつけ、タイトルが雪割草だから雪国だろうと地方紙を当たっていったところ新潟日日新聞で連載が確認されたという経緯が、これだけで1冊本になりそうな位おもしろいです。
 さてそういうわけで新聞の連載だった本作ですが、連載されていた時期が1941年6月から12月までという日中戦争の時代です。
 時節柄、殺人だの犯罪だのと言ったネガティブな題材は禁じられており、当時まだ名探偵金田一耕助を生み出していなかった横溝は人形佐七という捕物シリーズを持っていたものの、作品を発表することができなくなっていました。
 その結果、本作は横溝作品でありながら殺人事件なしの家族小説いう異色作なのです。
 信州の小さな町に住む主人公有為子は結婚を3日後に控えていましたがそこへ急遽嫁ぎ先予定から使いがやってきます。
 結婚は破談だと聞かされた父は逆上し、日本刀を掴んで立ち上がり、横溝ファンとしてはすわ血の雨か?と固唾を飲むところですが今回はなし。父は興奮のあまり昏倒してしまうのでした。
 父は程なく亡くなってしまい、破断の理由は自分が父の実の娘ではなかったためだと知らされ、有為子は真実を知るべく東京に旅立ちます。
 ここからはもう波乱に次ぐ波乱、息をもつかせぬ勢いで物語が展開していきます。
 主人公の出生の秘密から始まって東京での新生活、新しい人間関係のいざこざから、恋だ交通事故だ遭難だと矢継ぎ早にエピソードが詰め込まれていきます。
 ちょっと詰め込みすぎなのでは?とも思うのですが、当時既に読者の興味を逸せないストーリー作りが現代でも通用するレベルで完成しているのには驚かされます。
 さらに解説によると、次第に内容にも制約が入って、登場人物の行動についてもなるべくネガティブにならないような配慮がされており、意地の悪いキャラクターも使い辛くなっていきます。
 しかし特筆すべきはこのような厳しい執筆条件にも関わらず、作品には戦争を賛美するような記述が一切見られないのです。
 かと言ってこれをもって横溝を反戦作家と捉えるのは間違っていると思います。
 横溝が戦争に対して感じていたのは、執筆の邪魔をするものに対する純粋な嫌悪ではないかと私は思います。
 なお作中には戦争の愚かさを揶揄しているように思える部分もあるのですが、それでさえキャラクターの心にポジティブに働くような結果に導いていくところはこの作品の白眉と言えるでしょう。
 横溝正史の探偵ものでない作品として、戦時中の空気を感じられる作品として、そして純粋にエンタテイメントとして、様々な意味で読む価値のある作品だと思います。
 さらに金田一耕助のプロトタイプと思われるキャラクターも登場するので金田一ファンも必読です。
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スーヌ
スーヌ さん本が好き!1級(書評数:33 件)

50代男性 実は書店員だが業務で書評を書く機会はない。

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