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hackerさん
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「同情してくれる男はいらない どうして以前はそういう男を求めていたのか、今は謎」 (第二次大戦中の米海軍婦人部隊が唄った歌) 暗号解読に活躍した女性達の本ですが、ジェンダー問題を扱った内容にもなっています。
「5678 8757 0960 0221 2469 2808 4877 5581 1646 8464 8634 7769 3292 4536 0684 1788 2805 8919 3733 9344」(本書で紹介されている日本陸軍の暗号文の一例)

「日本が送信したもので、われわれに読めないものはひとつもなかった」(1942年5月より日本陸軍の暗号解読を担当したソロモン・カルバックの言葉)

「1944年のあいだには毎月三万通の船舶輸送の暗号文を入手していた。つまり、一日あたり千通を解読していたことになる」(本書より)


太平洋戦争において、日本軍の暗号を米軍が解読し、それによって山本五十六の南方視察スケジュールがもれ搭乗機が待ち伏せを受けて撃墜されたり、ミッドウェー海戦も日本軍の行動予定が事前に筒抜けになっていたりしたことは知っていましたが、そういう情報戦の背景に一万を超える婦人部隊の存在があったことは、本書で初めて知りました。本書は、名だたる将軍のように歴史の表面には出ることはなく、しかし、極めて重要な役割を演じた女性たちに焦点をあてた力作です。そして、本書の特徴は、彼女たちの功績だけでなく、社会的地位の低かった女性たちが、その存在を米軍の中で高めていった様子も描かれていることで、その観点からも、大変興味深い本となっています。

ただ、そうなって行ったのは、男性が戦場に駆り出され、インテリジェンスを担当するような事務方の数が少なくなったという事情がありました。もっとも、1920年代から30年代にかけて、暗号解読の分野では先駆者と言える何人かの女性がいて、女性の実力が既に認められていたことも大きかったのです。そういう実績を踏まえ、対独のみならず、対日でも情報戦を展開する必要に迫られ、大量に女性を採用するようになったのでした。彼女たちの多くは学校教師で、数学や語学など、様々な知識を持つ知性の高い女性が活躍の場を与えられました。ただ、この仕事は、というか基本的にはあらゆる仕事がそうなのでしょうが、知識の量よりも、ヒューマン・スキルの方が重要だったようで、本書でも、英文学専攻だった女性が、採用されてから1年で、誰も解けなかった暗号の重要な突破口を発見した例が記述されています。

「暗号解読には、読み書きの能力と計算能力、注意力、創造力、労を惜しまない細かな気配り、優れた記憶力、くじけずに推量を重ねる力が求められた。単調な骨の折れる作業に耐える力と、尽きることのないエネルギーと楽観的な心構えが必要だった」(本書より)

しかし、採用に当たっては容姿が判断の一つであったこと、妊娠すれば退職という規定があったこと、「多くのアメリカ人が、軍の女性たちは制服を着たただの売春婦で、男たちの相手をするために入隊させられたと思い込んでいた」という偏見にさらされたこと、「ときに海軍婦人部隊の女性たちは、彼女らが軍に入ってきて事務の仕事をするようになったせいで、息子たちが戦地に送られることになったと胸を痛めている母親たちから敵視された」こと等、女性が軍隊という組織の中で働くことの多くの困難にも直面し、それらも本書では詳しく述べられています。


ところで、本書では、つぎのような記述があります。

「優れた暗号は、システムに関与する人が簡単に利用できるくらい単純でありながら、関与しない人が容易には破ることができないほどに堅牢でなくてはならない」

日本軍の使っていた暗号は、実は、解読するにはかなりやっかいなものだったようで、基本はある文字を数字の組み合わせで表すものでしたが、そこに別に存在する乱数表の任意のページに書かれている数字を引き算するというものでした。こんなに単純ではありませんが、例えば、'5555'がある言葉を表すならば、'1234'を乱数表から選んだら '4321' となるわけですし、'3322'を選べば'2233'になるわけです。どうやって解読したんだろうと思いますが、膨大な量の電文を読んでいくと、定型文というのは必ずあり、また、ある部門が別の部門に続けて電文を打つ場合、乱数を都度変えずにいつも同じ数字しか使わなかったり、そういうところから少しずつ解読していったようです。日本軍も、乱数表をしばしば変えたりしたそうですが、比較的短期間で対応できるようにはなっていました。


そして、暗号解読班の仕事は、機密厳守で、どんな仕事なのか具体的なことは誰にも一切漏らしてはいけないことになっていました。部署の名前さえ「BーH部K課」のように、業務内容がまったく分からないようになっていました。そして、日本軍だけでなく、米軍の電文にも接することが多かった彼女らは、開戦当初「入ってくる通信文から、アメリカが太平洋の戦いで負けているということがとても明白にわかった」り、自分の親族の戦死を告げる電文に真っ先に接したりすることもありました。毎日、大量の電文を発信していた広島の部隊が、ある日まったく発信が途絶え、何が起こったのか、いぶかったりもしたようです。

そして、彼女たちは「鉛筆を動かす女たちが日本の船を沈没させる」ことも理解していました。本書で初めて知ったのですが、日本陸軍の電文から、輸送船団の日程を把握し、その航路に潜水艦を配置して戦果をあげるということは多々ありました。

また、興味深かったのは、駐独日本大使の大島が1943年11月に発した、ヨーロッパ太平洋岸を視察した内容を伝える電文により、独軍が連合軍上陸に対してどのような準備をしていたのかを把握したという件です。日本がポツダム宣言受諾することをスイス公使に送った電文を解読し、戦争終結を最初に知ったのも彼女たちでした。

本書に関しては、日米開戦前、真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦等、他に興味深い話もたくさんあるのですが、挙げていくとキリがないので、この辺で筆をおきます。強調しておきたいのは、本書で取り上げられている女性たちは、大変なストレスにさらされながら重要な仕事をしていた点で、この拙文では成功例ばかり書きましたが、解かないといけない暗号が解けない時の苦しみは、それによって米兵士がこうむる損害を考えると、ちょっと想像を絶するものがあります。そして、彼女たちの大多数は、歴史の表舞台に登場することなく、ごく一部にしか、その存在の重要性を理解してもらえずに、去っていきました。ただ、最近よく思うのですが、どんな人生を送ろうと、我々は常に歴史の一部なわけで、本書もそれを語っているようです。


最後ですが、1960年生まれの作者のライザ・マンディは、長年「ワシントン・ポスト」紙で記者を務め、バラク・オバマの大統領誕生前にミシェル・オバマの伝記も書いていますが、2017年刊の本書も40ページ以上にわたる原注や参考文献の表を見れば、相当な年月をかけた本だと分かります。歴史だけでなく、暗号に興味のある方にもお勧めできます。
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2281 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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この書評へのコメント

  1. 三太郎2021-09-06 17:21

    私の母は戦前の女子師範学校をでましたが、戦時中は動員されて館林の軍需工場で戦闘機を作っていたとか。あまり知的な仕事ではないけれどB29の爆撃にあったり、命の危険があったようです。第二次大戦では日本でも女性が動員されたということですね。

  2. hacker2021-09-06 17:33

    そうですね。ただし、米国の場合、軍隊における女性の地位向上という側面があったのは事実でしょうから、そこは大きく違っているようです。もちろん、単純労働から暗号解読のような分野まで、今まで男性がしていた仕事に女性が進出したのは、第二次大戦中、各国で見られたことだと思います。

    また、拙文では、触れませんでしたが、暗号解読に携わっていた女性は、スパイ活動目的で近づいてくる人間には細心の注意をしていたことも、本書の中で詳しく語られています。24時間シフト勤務も含め、相当きつい仕事であったことは間違いありません。

  3. かもめ通信2021-09-06 19:09

    この本、私も積んだのですが、あれこれ手を広げすぎて、読書会開催期間中には読み切れないかも…とちょっと焦っていたところでした。
    hackerさんにご紹介いただいたので、安心してゆっくりじっくり読もうと思います。

  4. hacker2021-09-06 19:14

    そうでしたか。本書の扱っている内容は多岐にわたっていて、私も書いていないことがたくさんあります。女性の方が読むと、また違い視点から思うこともあるでしょう。かもめ通信さんの書評を楽しみにしています。「安心してゆっくりじっくり」読んでください。

  5. マーブル2021-09-06 22:52

    チューリングを扱った映画では暗号を解読したことを知らさぬよう自国の船を見殺しにするシーンがあったと記憶しています。戦闘に赴くのとは違った重荷だったでしょうね。

    実際に能力があったとしても、そこに携われないと発揮できないわけですから、各国の判断如何で異なる結果になったんでしょうね。単純労働しかできない、と決めつければ暗号解読には配属せず別な歴史の歩みもあったんでしょうね。

  6. hacker2021-09-08 10:08

    マーブルさん、コメントに気づくのが遅れて、申し訳ありません。

    ちょっと例として適当かは分かりませんが、どんな仕事でも、上司の見る目によって、その人の明暗がわかれるというのは本当だと思います。本書では詳しく述べられていますが、米軍の場合は、先駆者となった女性の存在が大きかったようです。日本軍の場合、そんなことは望むべくもなかったのでしょう。

    本書を読んでいると、どうやら暗号電文が漏れているということにも鈍感だったようで、輸送船の通り道によく潜水艦が出没するので、日本軍は米軍が実数以上の潜水艦を保有していたと思っていた、という記述が本書にもあります。暗号自体は、ドイツが使っていたものより、解読にやっかいなものだったことは事実なので、破られるはずがないと思い込んでいたのではないでしょうか。

    一つの成功体験にこだわると、最後はしっぺ返しを喰らうものです。

  7. マーブル2021-09-08 22:20

    >米軍の場合は、先駆者となった女性の存在が大きかったようです。日本軍の場合、そんなことは望むべくもなかったのでしょう。

    アメリカも決して男女平等にはほど遠い状態だったのでしょうが、先駆者の存在が許される位には日本に先んじていた、ということなのでしょうね。

    今読んでいる本で、科学特捜隊とウルトラ警備隊の女性隊員の扱いの変化と当時の日本のフェミニズムを絡めて考察したところがあり、興味深かったです。古い映像作品に滲み出ている世相を感じながら鑑賞するのも一興と思うのですが、あまり人気のない行為ですかね。最近はテレビの映画番組も見なくなりましたが、古い名作など放送することを見かけなくなった気がして少し残念に思っています。

  8. hacker2021-09-09 07:55

    映画というのは、小説以上に、作られた時の世相を反映しますから、振り返って観るのはいいのではないでしょうか。

    ちょっと例は違いますが、私が初見から時間をおいて再見して印象的だったことの一つは、勝新の座頭市シリーズ第一作『座頭市物語』(1962年)で、座頭市が「俺のことを、め✕✕と呼ぶのは構わない。その通りだからな。だが、め✕✕のくせに、め✕✕なのに、とか。め✕✕を馬鹿にするのは許さない」という台詞です。明らかに、座頭市はめ✕✕を差別語と思っていなかったわけで、それは、私も含めて、当時の一般的感覚だったと思います。正直なところ、それならば、盲人という言い方も「目を亡くした人」ということですから、どうかなとは思っています。

    TVの映画は、今では、BSやCSの方に、場所を移してしまいましたね。私は、そちらの方で、時々、古い作品を観ています。

  9. マーブル2021-09-09 21:58

    >今では、BSやCSの方に

    そうなんですね。たまに番組表見てみようと思います。

    動画で20年ぐらい前の仮面ライダーを見てたらオフィスの机で喫煙しながら仕事をしているシーンがあって時代を感じましたね。机の上にパソコンもないし。

  10. No Image

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