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スーヌさん
スーヌ
レビュアー:
遺物から蘇る過去 記憶はただの記録ではなく、人々の中で生き続ける物語である
 主人公の住むゲッティンゲンに知人の野宮が引っ越してきます。
 しかし野宮は幽霊だというのです。
 主人公の友人の飼い犬は、地中のトリュフを嗅ぎ当てる特技を持っています。
 しかしいつしか、犬はキノコはなく森に埋められた奇妙な残留物を掘り出すようになっていました。
 主人公は東日本大震災を仙台で経験し、野宮もその犠牲者の一人でした。
 犬が掘り出した遺物は友人宅に保管され、それらはそこから本来の持ち主のところへ還っていきます。
 しかし受け取る人々の心境は複雑です。その遺物が抱えている過去は、持ち主にとって受け入れ難い苦痛を伴っていることもあるからです。
 遺物によって現在に蘇ってくる思い出、日本から遠く離れたドイツでも、天災とは関係なく人々は心に大きなひび割れを生んだ記憶を抱えて生きています。
 物語は過去を掘りおこしながら、人々の記憶にある過去のできごとを日の下に晒し、彼らがいかにしてそれに対処しつつ生きてきたかを語らせていきます。
 人間は過去に失われたものをどのように解釈していくべきなのか。
 殊に愛するものを失った場合、それを埋め合わせて生きていくことはできるのだろうか。
 このような人生の根源的な問いを、本書は極めて芸術的に昇華して読者に提示しています。
 そもそも東日本大震災のような大災害をテーマに作品を作ることは容易であり、また困難です。
 多くの人が厳しい経験を強いられたので、それについて語ることは容易です。
 しかしそれを芸術作品に仕上げるのは、経験が身近すぎ、直接的すぎるが故に難しいのです。
 本書はそれを遠くドイツまで話を持っていき、仙台の海ではなくゲッティンゲンの森から記憶を掘り出すことで、その泥まみれの記憶を文学に変換することに成功したのです。
 何かについて語るときには、直接それについて語るべきではないのです。
 芥川賞にふさわしい作品だと言えるでしょう。
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スーヌ
スーヌ さん本が好き!1級(書評数:33 件)

50代男性 実は書店員だが業務で書評を書く機会はない。

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