紅い芥子粒さん
レビュアー:
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ジャポネンシスとマンジュリカス。ハシブトガラスの二つの亜種の交雑帯を求めて、著者は、カラフトへと旅立った。人間の飽くなき好奇心と罪深さ。そして科学の発達。おもしろく、考えさせられる本だった。
日本列島には、ハシブトカラスとハシボソカラスの二種が生息しているという。
ハシボソガラスは、田園地帯のような開けた場所を好み、ガアと濁った声で鳴く。
ハシブトカラスは、森林や高層ビルが林立する大都会の都心で繁殖し、カアと澄んだ声で鳴く。
この本でいう「謎のカラス」とは、ハシブトカラスのことである。
日本列島のハシブトガラスは、学名をjaponensisジャポネンシスという。
大陸に広く分布するハシブトガラスは、mandshuricusマンジュリカスと名付けられている。
もともとは、同一種だったのだが、氷河期に別々の避寒地に閉じこめられて繁殖をくりかえし、二つの亜種に進化していったのだという。
出会うことのなかった、ジャポネンシスとマンジュリカス。
この二種のカラスが出会い繁殖している交雑帯があるらしい―― カラスはカラスどうし。羽があるから飛んで行って、愛し合っただけでしょうと、わたしなんかは思うが、生物学を研究する人にとっては大問題らしい。
著者は、ジャポネンシスとマンジュリカスの交雑帯を確かめるために、カラフトへと旅立った。
著者は、大学や研究所に属しているわけではない。
インデペンデントと自称する、在野の生物学の研究者である。
カラスの研究のために、高校の教職を、定年まで一年を残して退職した。
体力があるうちにおっしゃるが、59歳。けっして若くはない。
探究心と勇気と情熱の塊のような人である。
本書は、カラフトとロシアへの、計三回、三年にわたる旅と過酷なフィールドワークの模様が詳細に書かれたノンフィクションである。
シニカルなユーモアのある文章で、旅行記、紀行文の要素もあり、良質なルポルタージュだと思う。
最後まで興味深く読んだが、生物学のフィールドワークの過酷さ、残酷さには、ゾッとさせられた。
交雑種の存在を確かめるために、著者は、カラスの形態を調べようとする。
頭蓋骨の大きさを計測するのだという。そのためには、カラスの首から上が必要だ。
現地に渡り、ハンターを雇う。ハンターとともに、カラフトやシベリヤの荒野をオンボロの自動車で移動し、森林に分け入る。
ハンターは、カラスを射殺する。
著者は、カラスの首を胴から切り離し、「宝箱」に保管する。
トイレすらない宿舎。気づいたら、三週間も風呂もシャワーも浴びていない。
カラスの頭部は腐らせ、肉や神経をそぎ落とす。腐臭や蛆虫との闘いである。
殺したカラスは、300羽。捨てたカラスの胴体は300体。
完成させた真っ白な頭蓋骨の標本は300個。
なんと罪深いことをと思わずにはいられない。
野生の動物は、一日一日を命がけで生きているのに。
人間の好奇心のために、そのいのちを奪っていいものか。
著者も、研究のためとはいえ、生き物の命を奪うことの罪深さを十分に自覚している。
罪の意識よりも、知的好奇心の方が勝ってしまうのだ。
科学は、人間の罪深さの上に発達してきたものなんだなと思う。
巻末には、著者が作成した論文も掲載されている。
しっかりした論文を完成させ、学会で発表することが殺傷したカラスの供養になると著者は考える。研究者になくてはならない心構えだと思うが、カラスはそんなの人間の身勝手だと怒るだろう。
論文は読まなかったが、おもしろく、そして考えさせられる本だった。
科学と、人間の罪深さについて……
ハシボソガラスは、田園地帯のような開けた場所を好み、ガアと濁った声で鳴く。
ハシブトカラスは、森林や高層ビルが林立する大都会の都心で繁殖し、カアと澄んだ声で鳴く。
この本でいう「謎のカラス」とは、ハシブトカラスのことである。
日本列島のハシブトガラスは、学名をjaponensisジャポネンシスという。
大陸に広く分布するハシブトガラスは、mandshuricusマンジュリカスと名付けられている。
もともとは、同一種だったのだが、氷河期に別々の避寒地に閉じこめられて繁殖をくりかえし、二つの亜種に進化していったのだという。
出会うことのなかった、ジャポネンシスとマンジュリカス。
この二種のカラスが出会い繁殖している交雑帯があるらしい―― カラスはカラスどうし。羽があるから飛んで行って、愛し合っただけでしょうと、わたしなんかは思うが、生物学を研究する人にとっては大問題らしい。
著者は、ジャポネンシスとマンジュリカスの交雑帯を確かめるために、カラフトへと旅立った。
著者は、大学や研究所に属しているわけではない。
インデペンデントと自称する、在野の生物学の研究者である。
カラスの研究のために、高校の教職を、定年まで一年を残して退職した。
体力があるうちにおっしゃるが、59歳。けっして若くはない。
探究心と勇気と情熱の塊のような人である。
本書は、カラフトとロシアへの、計三回、三年にわたる旅と過酷なフィールドワークの模様が詳細に書かれたノンフィクションである。
シニカルなユーモアのある文章で、旅行記、紀行文の要素もあり、良質なルポルタージュだと思う。
最後まで興味深く読んだが、生物学のフィールドワークの過酷さ、残酷さには、ゾッとさせられた。
交雑種の存在を確かめるために、著者は、カラスの形態を調べようとする。
頭蓋骨の大きさを計測するのだという。そのためには、カラスの首から上が必要だ。
現地に渡り、ハンターを雇う。ハンターとともに、カラフトやシベリヤの荒野をオンボロの自動車で移動し、森林に分け入る。
ハンターは、カラスを射殺する。
著者は、カラスの首を胴から切り離し、「宝箱」に保管する。
トイレすらない宿舎。気づいたら、三週間も風呂もシャワーも浴びていない。
カラスの頭部は腐らせ、肉や神経をそぎ落とす。腐臭や蛆虫との闘いである。
殺したカラスは、300羽。捨てたカラスの胴体は300体。
完成させた真っ白な頭蓋骨の標本は300個。
なんと罪深いことをと思わずにはいられない。
野生の動物は、一日一日を命がけで生きているのに。
人間の好奇心のために、そのいのちを奪っていいものか。
著者も、研究のためとはいえ、生き物の命を奪うことの罪深さを十分に自覚している。
罪の意識よりも、知的好奇心の方が勝ってしまうのだ。
科学は、人間の罪深さの上に発達してきたものなんだなと思う。
巻末には、著者が作成した論文も掲載されている。
しっかりした論文を完成させ、学会で発表することが殺傷したカラスの供養になると著者は考える。研究者になくてはならない心構えだと思うが、カラスはそんなの人間の身勝手だと怒るだろう。
論文は読まなかったが、おもしろく、そして考えさせられる本だった。
科学と、人間の罪深さについて……
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読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。
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- 出版社:築地書館
- ページ数:284
- ISBN:9784806715726
- 発売日:2018年11月22日
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