書評でつながる読書コミュニティ
  1. ページ目
詳細検索
タイトル
著者
出版社
ISBN
  • ログイン
無料会員登録

ぽんきち
レビュアー:
暗闇に淡く浮かぶ光をもとめるように、青年は母の過去へと遡る
『イギリス人の患者』のマイケル・オンダーチェの7年ぶりの作品。

冒頭は印象的な一節で始まる。
1945年、うちの両親は、犯罪者かもしれない男ふたりの手に僕らをゆだねて姿を消した。


物語は大きく2部構成である。
前半は、親と離れ、見知らぬ他人の中で大人へと成長していく少年の物語。
後半は、その十数年後、母の謎めいた過去に迫っていく青年の物語。

終戦後まもないロンドン、「僕」=ナサニエルの父は、海外に赴任するために家を後にし、その数週後、父に合流する形で母も旅立っていった。
残されたナサニエルは14歳、姉のレイチェルは16歳前だった。
2人の面倒や、その他、家にまつわる諸々のことは、下宿していた男に任せようというのだから、暢気と言おうか不用心と言おうか。
だが、戦後の混乱期のごたごたからか、妻が子供の世話より夫を優先するのは当然と見られていたためか、大きな異を唱えるものもなく、子供たちはさしてよくも知らぬ他人に託されることになる。
下宿人の男はびくびくした態度から姉弟に「蛾」とあだ名されていた。胡散臭い「蛾」は、ほどなく、姉弟の家に、自分の仲間を引き入れるようになる。その中で最もナサニエルと深く関わるようになるのが、「ダーター(矢魚)」と呼ばれる元ボクサーだった。

父と母の旅立ちにはどこか謎めいたところがあった。
母がいなくなってしばらくした後、姉弟は、地下室に、母が持って行ったはずのトランクが残されていることを知る。
母は旅立ってはいないのか。どこにいるのか。
謎が解けぬまま、少女と少年は、見知らぬ大人たちの間で時を過ごし、思春期を抜け、大人になっていく。

ナサニエルは学校をさぼりがちになり、ダーターと行動を共にするようになる。彼に命じられる「仕事」は犯罪まがいのものなのだが、にもかかわらず、その日々の描写が繊細に美しい。
ドッグレースに出すために売買されるグレイハウンドたち。ダーターが操るムール貝の漁船。テムズ川河畔の地名や目印。ひと気のない空き家への侵入。
少年は安レストランのウェイトレスと初めての恋に落ちる。
不品行でありながら充たされた日々は、しかし、突然、乱暴に断ち切られる。その背後にあったのは、母の「秘密」だった。

第二部で、大人になったナサニエルは情報部に職を得る。秘密書類を盗み見ることで、母にまつわる秘密が徐々に明らかになっていく。
母は戦前から、諜報活動に身を投じていた。戦争が終わってもそれは終わることなく、続いていたのだ。
ナサニエルは母の過去へと遡っていく。
時にその描写は、母や母を取り巻く人々自身の語りとなり、ナサニエルの視線と混じり合う。著者が「ダブル・ナレーション」と呼ぶ手法は、物語に豊潤なふくらみを産む。

若かりし日の母の肖像もまた魅力的である。
彼女がその道を選ぶには彼女なりの理由があったわけだが、しかし、その手は多くの血にまみれ過ぎた。
最後には母はその責を負わねばならない。
そして母の旅路を辿り終えたナサニエルは、自身の初恋の苦い結末も知ることになる。

戦争を軸にしながら、ノスタルジックで哀切に美しい。
原題の”Warlight”は「戦時中の灯火管制の際、緊急車両が安全に走行できるように灯された薄明かり」を指すという。
かすかな光に導かれた旅路の余韻が胸に深く沁みる。
お気に入り度:本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント
掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1828 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

読んで楽しい:4票
参考になる:28票
共感した:2票
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。

この書評へのコメント

  1. No Image

    コメントするには、ログインしてください。

書評一覧を取得中。。。
  • あなた
  • この書籍の平均
  • この書評

※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。

『戦下の淡き光』のカテゴリ

フォローする

話題の書評
最新の献本
ページトップへ