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ぽんきち
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彼女が自分の足で歩き始めるまで
彼女の名はハイドルーン、友達はハイディと呼ぶ。年は24歳。夫と息子、犬と暮らす。
ミュンヘンで、保育士として働いている。痩せ型のブロンド、背はやや高い。
彼女を見て、狂信的なナチだったと思う人はまずいないだろう。けれども実際、彼女は18歳になるまで、ナチグループにどっぷりつかり、むしろそれ以外の世界をほぼ知らずに生きてきたのだ。
本書は、彼女がどのようにして親ナチとして育てられ、どのようにしてそこから抜け出したかを記す自伝である。

ハイディの実家はミュンヘン郊外の小さな村にあった。父は税関捜査官で伝統ある射撃クラブの会員でもあり、村人からは一目置かれていた。家を訪れた人が思想信条に気付くほどあからさまなことはなかったが、その実、確信的なナチだった。
母の方はむしろノンポリだったが、父と母は一目惚れで魅かれあい、思想が大きな問題になる前に結婚してしまっていた。のちに2人は不仲になり、母は出て行った。代わりにやってきた父の恋人は、父よりもさらに強固な右翼思想の持ち主だった。
父の方針は厳格で、教会とは距離を置き、アメリカ資本のものはマクドナルドもコカ・コーラもすべて禁止、服装は伝統的なバイエルンの民族衣装やコーデュロイのパンツに手編みのセーターといった具合だった。子供たちは夏になるとナチズムを信奉する団体の休暇キャンプに行かされた。

そうした生活で叩き込まれるのは、民族主義的な思想で、伝統的な生き方・モラルは非常に素晴らしいものであったのに、そこから外れたがために今あるさまざまな問題が持ち上がってきたのだ、ということである。
これを幼いころから繰り返し繰り返し教え込まれる。「個」よりも「民族」、「自由」よりも「忠誠」。
学校等でナチでない人たちとも接触はあるが、生活の基盤を固めているのは親ナチの人々である。親しい友人もみなナチであれば、その信条が身に沁み込むのは当然だろう。

ハイディももちろん、それを信じていた。ルドルフ・ヘスを崇拝していた。
その彼女に疑いが生じたのは、第二次大戦前後が舞台のヤングアダルト小説を読んだときだった。主人公は人類学・遺伝学者でナチ党幹部である。彼には息子が2人生まれる。一方には障害があった。健常な息子はナチの少年団員となる。だが、障害を持つ息子には過酷な運命が待っていた。
ハイディはこの本に書かれていた出来事について、父親に尋ねる。父は激昂するばかりで、ハイディが納得するような答えは返ってこなかった。

ハイディは徐々に、周囲の仲間たちにも疑いの目を向け始める。
たむろして、酒を飲んでは騒ぎを起こし、口では偉そうにしていても、結局のところ、自分の人生の責任を取ろうとするものはいないのではないか。
地に足のついた「普通」の生活を送ることはできないのか。

彼女の疑念は徐々に大きくなっていく。
だが、そこから抜け出そうという一歩を踏み出せたのは、夫となるフェリークスと出会ったことが大きかった。彼もまたナチグループの1人であり、ナチ思想に疑いを抱く人物だったのだ。

本書は2017年、ドイツで出版され、ベストセラーとなったそうである。
ハイディが過去と決別し、そしてそれを告白したことに対する驚きが大きかったのだろうが、ナチ思想を「純粋培養」する団体が存在し、存続し続けていることも衝撃的である。
人は周囲の人が皆信じていることに流されないほど強くはない。「外」の世界から隔絶されることで、偏った思想はより先鋭化しがちだろう。
ハイディ、そしてフェリークスが、自らの足で歩み始めたことは称讃に値することではあろうが、団体にはなお、多くの若者も属すままである。
そのことの薄気味悪さがざらりと残る。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1828 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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