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ホセさん
ホセ
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地下鉄道とは、19世紀アメリカの黒人奴隷たちが、南部諸州から北部諸州ときにはカナダまで亡命することを手助けした奴隷制廃止論者や北部諸州の市民たちの組織。また、その逃亡路を指すこともある(Wiki).
320 コルソン・ホワイトヘッド 「地下鉄道」

原題は「UNDERGROUND RAILROAD」。
奴隷の娘コーラの逃亡譚。
実話を基調としているが、随所に作者の「もし」が加えられていて、ダイナミックで示唆に富んだ物語だ。

地下鉄道(ちかてつどう、英: Underground Railroad)は、19世紀アメリカの黒人奴隷たちが、奴隷制が認められていた南部諸州から、奴隷制の廃止されていた北部諸州、ときにはカナダまで亡命することを手助けした奴隷制廃止論者や北部諸州の市民たちの組織。また、その逃亡路を指すこともある(引用:Wikipedia。ルート図も下に掲示する)

ジョージア州テランス農園の、「のけ者奴隷の場」であるホブに一人で暮らすコーラに、祭の晩シーザーが逃亡を持ち掛けてくる。
「地下鉄道」に渡りを付けたと言うのだ。
数年前にコーラの母は、コーラに何も告げずに逃亡した。
連れ戻されては居ないから、逃げおおせたか、どこかで死んでしまったのだろう。
連れ戻されたならこの間の男のように、時間をかけて見せしめに惨い殺され方をされる。

祭の晩に粗相をしてしまった男の子に、容赦なくテランスは杖を振るい続ける。
それを見ている内にカーラの気持ちの中が煮えたぎり、間に割って入り杖を自ら受けて子を庇ってしまう。
傷が治りかけたコーラは、シーザーに付いて行くと伝える。

闇の中沼を渡って歩き通し、最初のつなぎ手フレッチャーのところへ着くと、しばしの後フレッチャーは二人を荷馬車に隠して森の中へ入る。
古びた納屋へ入るよう言われ、その床から地下に居りて行くと、そこには線路があり半日ほど待っていたら古い蒸気機関車がやってきた。
「あなたが車掌なの?」と問いかけるコーラに、運転手は答える
「蒸気機関車は苦手さ」・・・

「もし本当に地下に鉄道があって奴隷を逃がす事に使われていたなら」という、ホワイトヘッドのこの着想には、口が大きく開いてしまった。

随分長く揺られてやっと地上に出た二人は、もうサウスカロライナ州に居た。
サウスカロライナ州には「自由黒人」が居り、その名義を施されてコーラは働き学校へ通う事も出来ている。

だが、コーラたちを名うての奴隷狩り、リッジウェイが追う。
インディアンのように、狩った人間の耳をペンダントにしている。
リッジウェイの追跡が及んできて、シーザーは見つかって殺される。
コーラは再び逃げる。

ホワイトウッドのもう一つの大きな仕掛けは、「州ごとに奴隷制度がかなり違う設定」にしているところだ。
地下鉄道をまた使い、ノースカロライナにコーラは入るが、ここでは奴隷は殺されるもの。
夜中の街道を進む荷台から外をそっと見ると、殺された奴隷たちを吊るした木が延々と続いている。

ノースカロライナ州のマーティンの家の屋根裏に、カーラは匿われて半年以上を過ごすのだが、私はこの章を最も興味深く読んだ。
親の代からリベラルであったマーティンは、自警団の監視の眼に腰が引け気味になったりする。
奴隷を匿った白人も、奴隷と同じく見つかれば処刑されるからだ。
マーティンから事前にきちんと話して貰っていなかった妻のエセルは、落ち着かなくなり、全くコーラの目を見ないし、話しかけもしない。
でも流行病にかかって意識を失ったコーラをエセルは献身的に看病し、ヤマを越えた後には聖書を読んで聞かせている。
エセルの「腹落ちした」瞬間である。

最も印象に残ったのは、屋根裏の小さな穴からコーラが時折見る向かいの公園。
金曜日の晩になると、その週に掴まえられた奴隷がそこで処刑される。
コーラは処刑の瞬間には屋根裏のいちばん反対側に走り、小さくなっている。
だが例え奴隷が居ない週でも、人々は金曜の晩にはそこへ必ず集まってくる。

コーラはそれにこんな感想を持つ。
彼らもまた自分と同じ囚人なのだ。恐怖に足枷で繋がれている。
窓の向こうの暗闇から誰かが見張っているのではないかと、マーティンもエセルも怯えていた。
街の人たちが毎週必ず集まるのは、大勢でいれば暗闇に潜むものから身を守れると思っているからだ。

そう、大勢で群れたり、強い組織に居ると思えたりすると、「暗闇」自体を一旦忘れておくことができる。
ただし、暗闇は無くなったのではなく、それは影のように我々にずっと付きまとっている。

インディアナ州のヴァレンタイン氏の農場でコーラが働く章は、とても穏やかだ。
白人と黒人のハーフのヴァレンタインは、白人とほぼ同じ権利が与えられている。
ヴァレンタインに付いて町まで出かけたロイヤルが、コーラに年鑑を買ってきてくれた。

コーラが初めて手にする、新品の本だった。

随所に覚えておいておきたいエピソードがあった。
・奴隷に禁止される事の中で、「やった事」と「その懲罰」の隔たりが最も大きいと感じたのは、「文字を読む事」だった。
 文字から文章へ、文章から意見や論理へと、「頭の力の強化」を支配者はとても恐れていた事が分かる。
・差別する側の白人も、大した意識を持たずに差別している場面が数多くあった。
 意識した差別が良いという事は決してないのだが、金曜の晩に公園に集まらなければ落ち着かない人になってはいけない。
・奴隷狩りのリッジウェイにも、業というか生い立ちがあった。

残念ながら、世界は分断の強い流れが速くなってきていて、塀やフェンスの数も、難民も増えていきそうだ。
我々には「難民を受け入れる者」という発想しかないが(それすら無い御仁も居るが)、「難民になる」リスクも抱えている(それは決して極小ではない)。

難民になるかもしれない、そうならないためには、もしそうなったら、という想像は、きっと我々にとって悪いものにはならないと思う。
そんな事を考える時に、側にあったら良い本でもある。

(2018/2/17)
PS 2017年ピューリッツアー賞
PPS 2023年2月、NYのArgosy Book Storeに寄ったら、入口直ぐの台に平積みされていた。
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ホセ
ホセ さん本が好き!1級(書評数:667 件)

語りかける書評ブログ「人生は短く、読むべき本は多い」からの転記になります。
殆どが小説で、児童書、マンガ、新書が少々です。
評点やジャンルはつけないこととします。

ブログは「今はなかなか会う機会がとれない、本読みの友人たちへ語る」調子を心がけています。
従い、私の記憶や思い出が入り込み、エッセイ調にもなっています。

主要六紙の書評や好きな作家へのインタビュー、注目している文学賞の受賞や出版各社PR誌の書きっぷりなどから、自分なりの法則を作って、新しい作家を積極的に選んでいます(好きな作家へのインタビュー、から広げる手法は確度がとても高く、お勧めします)。

また、著作で前向きに感じられるところを、取り上げていくように心がけています。
「推し」の度合いは、幾つか本文を読んで頂ければわかるように、仕組んでいる積りです。

PS 1965年生まれ。働いています。

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