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mono sashi
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#棚マル 村に残った男の記憶と追憶とが、荒涼とした寒村に木霊する。往時の共同体の営みと時間の厚みこそ、この小説の主人公である。
本書でフリオ・リャマサーレスという作家をはじめて知った。文庫版が刊行された際からすでに気になってはいたのだ。『黄色い雨』という謎めくタイトル、対象が単純化されたキュビズム風の表紙絵、興味をそそられるあらすじ、何より本の体裁や佇まいから気品が感じられた。こう私のアンテナにふれてくるものは、経験上、当たりの作品である場合が多い。棚マルの推薦本であることを機に、ようやく本書を手にとった。

息子を亡くし、妻を失いながら、荒廃した寒村にひとり居残る男。家屋は朽ち果て、路地や中庭にはイラクサが蔽い、いまにも村は死と沈黙に呑まれようとしている。男は孤独と寂寥にじっと耐えながら、いつ果てるとも知れない命を長らえている。いつしかその周囲には、過去の亡霊や幻影がとりまき、孤独と狂気の世界に包まれる。沈黙に押しつぶされ死の淵へ追いやられながらも、男は往時の記憶を思い返し、死の狭間を彷徨い続ける……。

断章形式で連なるこの作品は、筋立てを追う類の小説でも、涙を誘うような物語でもない。死の予兆・崩壊・孤独・断絶・狂気といった世界観を基調にしながらも、読後感が決して悪くないのは不思議だ。それは作品の底に、忘れられようとする人々へ哀惜や共感を寄せる、作者のあたたかい眼差しが流れているからだろう。

何より脳裏を離れないのは、村に残り何かを必死につなぎとめようとする男の強烈なイメージ、ただ死を待っているだけの男の苛烈な姿である。彼がいる世界は、人々の暮らしが続いていた往時の思い出と、最愛の人々の幻影にとりまかれた、夢と現ともつかない場所だ。男は死者に限りなく近いところから、彼岸への回路をひらき、過去をたぐり寄せ、ひとり村で記憶の番人のような役割を負う。それは自らに、共同体の記憶をつなぎとめる、地霊のような役割を課しているからだろうか。まるで生者としての唯一の務めが、人々の弔いであるかのように。

厳しい環境に拓かれた土地は、人の手を離れると、おのずから自然へ返っていく。やがて男も、苔が蔽い、草に埋もれ、大地の土くれへと還るだろう。全編を通じた孤独者としての男の姿は、生を象徴する普遍的なイメージとして、読者の心に深く沁み入ることになるはずだ。年齢も、国籍も、文化も異なる男(作家)から、わたしはかけがえのない生のイマージュを受けとった。本を読む醍醐味は、やはりこうでなくちゃ!

*追記 
本書には「遮断機のない踏切」と「不滅の小説」の2篇も収録されている。
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mono sashi
mono sashi さん本が好き!1級(書評数:91 件)

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ごめんちゃい。
(2019/11/16)

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この書評へのコメント

  1. Kurara2017-09-29 22:56

    mono sashiさん♪
    キタキタ!西の棚マル!!(店長さんはカエルくん)
    そう、この本はきっと私が薦めるまでもなく、mono sashiさんはチェックされているだろうな~って思っていました。
    この小説って読んでから何年経っても心のどこかに居るような感じがします。
    とにもかくにもフェア中に書評を書いてくださりありがとうございました!!
    mono sashiさん地方でも是非、この本を広めてくださいね(笑)

  2. mono sashi2017-09-30 01:13

    *Kuraraさん
    いえいえ、目をつけていたのは偶然なのですが、いや~、レビューはたいへんに苦労しました(汗) 近作では稀にみるといった具合で……(-_-;) そうですね、この男のイメージはなかなか拭えそうにありません。しれっと夢に出てきたりして……。ハイ、カエル店長もこの作品を地元で普及すべく、ハリきっております(笑)

  3. No Image

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