レビュアー:
▼
#棚マル 村に残った男の記憶と追憶とが、荒涼とした寒村に木霊する。往時の共同体の営みと時間の厚みこそ、この小説の主人公である。
本書でフリオ・リャマサーレスという作家をはじめて知った。文庫版が刊行された際からすでに気になってはいたのだ。『黄色い雨』という謎めくタイトル、対象が単純化されたキュビズム風の表紙絵、興味をそそられるあらすじ、何より本の体裁や佇まいから気品が感じられた。こう私のアンテナにふれてくるものは、経験上、当たりの作品である場合が多い。棚マルの推薦本であることを機に、ようやく本書を手にとった。
息子を亡くし、妻を失いながら、荒廃した寒村にひとり居残る男。家屋は朽ち果て、路地や中庭にはイラクサが蔽い、いまにも村は死と沈黙に呑まれようとしている。男は孤独と寂寥にじっと耐えながら、いつ果てるとも知れない命を長らえている。いつしかその周囲には、過去の亡霊や幻影がとりまき、孤独と狂気の世界に包まれる。沈黙に押しつぶされ死の淵へ追いやられながらも、男は往時の記憶を思い返し、死の狭間を彷徨い続ける……。
断章形式で連なるこの作品は、筋立てを追う類の小説でも、涙を誘うような物語でもない。死の予兆・崩壊・孤独・断絶・狂気といった世界観を基調にしながらも、読後感が決して悪くないのは不思議だ。それは作品の底に、忘れられようとする人々へ哀惜や共感を寄せる、作者のあたたかい眼差しが流れているからだろう。
何より脳裏を離れないのは、村に残り何かを必死につなぎとめようとする男の強烈なイメージ、ただ死を待っているだけの男の苛烈な姿である。彼がいる世界は、人々の暮らしが続いていた往時の思い出と、最愛の人々の幻影にとりまかれた、夢と現ともつかない場所だ。男は死者に限りなく近いところから、彼岸への回路をひらき、過去をたぐり寄せ、ひとり村で記憶の番人のような役割を負う。それは自らに、共同体の記憶をつなぎとめる、地霊のような役割を課しているからだろうか。まるで生者としての唯一の務めが、人々の弔いであるかのように。
厳しい環境に拓かれた土地は、人の手を離れると、おのずから自然へ返っていく。やがて男も、苔が蔽い、草に埋もれ、大地の土くれへと還るだろう。全編を通じた孤独者としての男の姿は、生を象徴する普遍的なイメージとして、読者の心に深く沁み入ることになるはずだ。年齢も、国籍も、文化も異なる男(作家)から、わたしはかけがえのない生のイマージュを受けとった。本を読む醍醐味は、やはりこうでなくちゃ!
*追記
本書には「遮断機のない踏切」と「不滅の小説」の2篇も収録されている。
息子を亡くし、妻を失いながら、荒廃した寒村にひとり居残る男。家屋は朽ち果て、路地や中庭にはイラクサが蔽い、いまにも村は死と沈黙に呑まれようとしている。男は孤独と寂寥にじっと耐えながら、いつ果てるとも知れない命を長らえている。いつしかその周囲には、過去の亡霊や幻影がとりまき、孤独と狂気の世界に包まれる。沈黙に押しつぶされ死の淵へ追いやられながらも、男は往時の記憶を思い返し、死の狭間を彷徨い続ける……。
断章形式で連なるこの作品は、筋立てを追う類の小説でも、涙を誘うような物語でもない。死の予兆・崩壊・孤独・断絶・狂気といった世界観を基調にしながらも、読後感が決して悪くないのは不思議だ。それは作品の底に、忘れられようとする人々へ哀惜や共感を寄せる、作者のあたたかい眼差しが流れているからだろう。
何より脳裏を離れないのは、村に残り何かを必死につなぎとめようとする男の強烈なイメージ、ただ死を待っているだけの男の苛烈な姿である。彼がいる世界は、人々の暮らしが続いていた往時の思い出と、最愛の人々の幻影にとりまかれた、夢と現ともつかない場所だ。男は死者に限りなく近いところから、彼岸への回路をひらき、過去をたぐり寄せ、ひとり村で記憶の番人のような役割を負う。それは自らに、共同体の記憶をつなぎとめる、地霊のような役割を課しているからだろうか。まるで生者としての唯一の務めが、人々の弔いであるかのように。
厳しい環境に拓かれた土地は、人の手を離れると、おのずから自然へ返っていく。やがて男も、苔が蔽い、草に埋もれ、大地の土くれへと還るだろう。全編を通じた孤独者としての男の姿は、生を象徴する普遍的なイメージとして、読者の心に深く沁み入ることになるはずだ。年齢も、国籍も、文化も異なる男(作家)から、わたしはかけがえのない生のイマージュを受けとった。本を読む醍醐味は、やはりこうでなくちゃ!
*追記
本書には「遮断機のない踏切」と「不滅の小説」の2篇も収録されている。
投票する
投票するには、ログインしてください。
サイトへの出没回数がメタキン並みにレアなので、
皆さまの書評は、投票してくださった方のものを読むようにしています。
ごめんちゃい。
(2019/11/16)
- この書評の得票合計:
- 40票
| 読んで楽しい: | 6票 | |
|---|---|---|
| 素晴らしい洞察: | 3票 | |
| 参考になる: | 25票 | |
| 共感した: | 6票 |
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。
この書評へのコメント
- mono sashi2017-09-30 01:13
*Kuraraさん
いえいえ、目をつけていたのは偶然なのですが、いや~、レビューはたいへんに苦労しました(汗) 近作では稀にみるといった具合で……(-_-;) そうですね、この男のイメージはなかなか拭えそうにありません。しれっと夢に出てきたりして……。ハイ、カエル店長もこの作品を地元で普及すべく、ハリきっております(笑)クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
コメントするには、ログインしてください。
書評一覧を取得中。。。
- 出版社:河出書房新社
- ページ数:210
- ISBN:9784309464350
- 発売日:2017年02月07日
- Amazonで買う
- カーリルで図書館の蔵書を調べる
- あなた
- この書籍の平均
- この書評
※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。























