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ホセさん
ホセ
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医師でもある帚木蓬生でなければ、ここまでは書けなかったと思う。
113 帚木蓬生 「悲素」

1998年の和歌山カレー事件の化学鑑定を依頼された九大教授をモデルにして、
事件のひとつの見方を示しながら砒素を中心に、近代から現代にかけての凶器としての毒も解説している。
医師でもある帚木蓬生でなければ、ここまでは書けなかったと思う。

九大医学部、衛生学の沢井教授が朝刊で前日のカレー事件を知るところからお話しが始まっていく。
青酸系の毒物を想定した記事に、青酸とは明らかに違う被害者の症状を直ぐに見抜いた沢井のもとに、
事件から3週間後に和歌山県警から刑事部長らが訪問する。
砒素への疑いを強めてきた県警が、鑑定依頼を砒素の第一人者の沢井に頼みに来たのだ。

鑑定といっても、分析して報告書を出してオシマイではなく、その後延々と続く公判にも出廷して証言する事が求められる。
年配の沢井はえらいこっちゃ、と思いながらも凄惨な事件解決の一助にと快諾する。

沢井が組んだチームが面白い。
心電図読みなら全国トップレベルの大津助手。砒素中毒は明確に心電図に変化をもたらすから。
レントゲン写真の読影にかけては右に出る者が居ない本城助教授。被害者の初期治療には高度な検査はされていないが、レントゲンはあり、その陰影から砒素中毒の兆候を読め得るから。
そして、彼らと沢井の六十余名にわたるデータを纏め、傾向やグループ分けの分析を担当する牧田助教授。

容疑者に「警察は青酸系で捜査を進めている」と思わせるために、沢井ら4名は口外無用で鑑定を進めていく。

鑑定途中の医学的・科学的な説明や、終盤での法廷のやりとりは、小説としてはいささか専門的すぎるかもしれない。
だが法廷の判決に不十分を唱えたい帚木は、法廷とその根拠の化学的説明を詳細に記すことで、自説の説得力を上げている。
法廷サスペンスなど、そういう描写が苦にならない人にはささっと読み進めるだろうが。

ここ2-3年、沢井の鑑定結果の肝(本書を読んでね)に異を唱える京大の学者が出てきたりして、
九大医学部卒の帚木は援護射撃をしたかったのかもしれない。

帚木が「裁判がこの繋がりをミスったのは痛恨」という、容疑者の幾年にも渡る、
夫のみならず他人数名への、月の支払い数十万円に至る保険料は、間違いなく容疑者と幾つかの事件への繋がりを明示している。
年間数百万を支払っているなら、もう立派な「投資」と見るべきで、投資者は当然リターンを求めるという構図になっていたんだ。

カレーの夏祭りには、これら被保険者は行かず、自宅での麻雀大会も流れてカレー差入れのチャンスがなくなり、
祭りのカレーに容疑者が毒を盛る「客観的動機」がなくなった事が、この事件の冤罪主張派の根幹にあるのだが、
帚木蓬生がエンディングで示した動機の仮説は、ショッキングながら頷けるものだった。

十二分な医学科学小説としても、また沢井という一人の学者や光山刑事のドラマとしても、読み応え十分な贅沢な小説に仕上がっている。
特に光山刑事の後年の選択には泣かされた。

「職人小説家の大御所」の、十分な筆を楽しませて頂いた。

(2015/10/16)

PS三度砒素を盛られながら死を免れたW氏が、異常なほどに鮮明な記憶を示すのが、
 砒素中毒の後遺症の1つであるサヴァン症候群というところに震えた。
 「レインマン」のダスティン・ホフマンね(^-^;
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ホセ
ホセ さん本が好き!1級(書評数:667 件)

語りかける書評ブログ「人生は短く、読むべき本は多い」からの転記になります。
殆どが小説で、児童書、マンガ、新書が少々です。
評点やジャンルはつけないこととします。

ブログは「今はなかなか会う機会がとれない、本読みの友人たちへ語る」調子を心がけています。
従い、私の記憶や思い出が入り込み、エッセイ調にもなっています。

主要六紙の書評や好きな作家へのインタビュー、注目している文学賞の受賞や出版各社PR誌の書きっぷりなどから、自分なりの法則を作って、新しい作家を積極的に選んでいます(好きな作家へのインタビュー、から広げる手法は確度がとても高く、お勧めします)。

また、著作で前向きに感じられるところを、取り上げていくように心がけています。
「推し」の度合いは、幾つか本文を読んで頂ければわかるように、仕組んでいる積りです。

PS 1965年生まれ。働いています。

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