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ときのき
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少年たちの夜の冒険とイニシエーション
 睡蓮の開く音がする月夜、アリスは友人の蜜蜂に誘われて学校へと忍び込む。月明かりと静寂の領する夜の校舎。廊下の先、灯りのともった理科室では、どこか古めかしい型の夏服を着た生徒たちが授業を受けていた。覗き見に気づかれ一場は騒然となるが、アリスがたまたま持っていた石膏の卵が彼らの態度を変える。アリスは少年たちとともに、夜空の天幕で星月の取り付け作業をすることになり……

 昭和63年度の文藝賞受賞作であり、長野まゆみのデビュー作だ。
 主人公のアリスによる一夜の神秘的な冒険が描かれる。文体はシンプルで線描がしっかり引かれ、ファンタジックな情景が曖昧さなくつたわってくる。使われることばは意図的に古風なものになっているが過度に装飾的ではなく、台詞回しもひとつひとつの単語の選択も、この人工的な世界を造形する作者の美意識により磨かれている。

 夜空は言葉通りの黒い天幕であり、貝殻とボール紙で作られた星々がそこに縫い込まれる。世界設定の情報を山盛りにした、“まるで現実に存在するかのような”世界を描こうと努めるタイプのファンタジー作品と異なり、舞台劇のような書割めいた道具立てが物語が虚構であることを殊更に強調し、非現実的であること自体の価値を主張する。

 この美しい夜のコントが絵空事として読者の気をそらさないのは、卵をめぐる謎の探求への興味、一文たりとも毀れることのない彫琢された文章が形造る薄青い硝子のように透明な世界の魅惑、そして舞台の上で影とたわむれる少年たちの詩的な描写故だろう。
 蜜蜂の兄が弟へ向ける庇護者としての幾分共依存的な優しさや、アリスと蜜蜂が互いに対して抱く羨望、といったものはどこかしらリアルな手触りがあって、冒険を通したイニシエーション、少年たちの成長譚としても、卵と鳥を用いた象徴性の効果だけによりかからない説得力がある。
 日常から半歩分だけ浮遊した、夜の散歩が楽しみたい読者にお勧めだ。
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ときのき
ときのき さん本が好き!1級(書評数:137 件)

海外文学・ミステリーなどが好きです。書評は小説が主になるはずです。

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