かもめ通信さん
レビュアー:
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ラフィク・シャミの『愛の裏側は闇』にもクラウスコルドンの『ベルリン三部作』にも登場したゴーリキーの『母』を本棚の奥から引っ張り出してみた。およそ三十年(!)ぶりの再読?!
彼女は、場末の労働者部落に暮らしていた。
夫は錠前工で力自慢の乱暴者、おまけに大酒飲みだった。
彼女は、できるだけその怪物の機嫌を損ねないようにと
それだけを考えて家事をこなし、身を縮め息を潜めて暮らしていた。
あるとき、夫が彼女に手を挙げようとした瞬間に
14歳になった一人息子のパーヴェルが割って入った。
夫は目の前に立ちふさがったいつの間にか大きくなった息子にたじろぎ
彼女に向かって吐き捨てるように言った。
「これからはもう、おれに金をせびるな。パーシカがきさまを養ってくれらあ…」
その後2年余り、父親は息子に目もくれず、口も聞かずに飲んだくれて
病気になって誰に惜しまれることもなく死んだのだった。
父親が死んでから
息子のパーヴェルは、それも仕事のうちとばかりに
酒をあおり、家に帰って食卓を叩きつけてみさえもしたが、
二日酔いに苦しんだあげく、そうした試みをすっぱりあきらめ
時間を見つけては難しい顔をして本を読むようになった。
やがてパーヴェルは仲間を家に集めて一緒に勉強したり
あれこれと小難しい議論をしたりするようになった。
彼女はそんな息子の様子を驚きと不安を持って見つめていたが
なにも言わなかった。
町からも同じ部落からも
パーヴェルの元に集まってくる人々は少しずつ増え、
中には彼女に親しげに話しかける者もいて
彼女は息子たちの考えを少しずつ知るようになる。
それは彼女に時には畏怖を、時には共感をもたらした。
工場である問題が起きたたとき、パーヴェルたちは抗議のビラをまいた。
やがて憲兵がやってきて家を捜索し、パーヴェルと数人の仲間たちが逮捕される。
息子たちがつかまっている間にビラがまかれれば、逮捕は的外れだったことになる。
彼女は息子を助けたい一心で、
自らかって出て密かにビラを工場に運び込む役割を担った。
けれども、彼女のとったその行動は彼女と息子の関係と
その後の彼女の運命を大きく変えることになるのだった。
********
『母』は、1906年、ゴーリキーがロシア帝国政府の迫害を逃れるとともに、
ロシア国外で革命を支援する世論を形成する使命を帯びて渡ったアメリカで
執筆された小説だ。
社会主義リアリズムの先駆的作品との位置づけと、
ロシア革命後は時の政府と距離を置きヨーロッパで暮らしたにもかかわらず、
生活に行き詰まり、スターリン政権下のソ連に帰国した著者の経歴から
共産主義の格好の宣伝材料として使われたことや、
ソ連の崩壊等々により忘れ去れらた、
あるいはすっかり古ぼけた時代遅れの作品として
見向かれなくなっているような気がするが
改めて読んでみるとこの作品が世界文学史上に与えた影響は大きかったに違いなく、
小説としてのすばらしさはやはり今も失われてはいないように思われた。
働く人々の権利を主張する人々がいなければ、
今の社会はありえなかったという歴史的事実はもとより、
ただ単に生物学上の関係において親子であるというだけでなく、
互いに信頼し、誇りに思い合う親子関係の尊さや、
人に名前を呼ばれたこともなく、
労られることはあっても、頼られたり、期待されたりすることがなかった一人の女性が
自分という存在とその価値に目覚めていく姿が心を打つ。
※上下巻あわせたレビューです。
夫は錠前工で力自慢の乱暴者、おまけに大酒飲みだった。
彼女は、できるだけその怪物の機嫌を損ねないようにと
それだけを考えて家事をこなし、身を縮め息を潜めて暮らしていた。
あるとき、夫が彼女に手を挙げようとした瞬間に
14歳になった一人息子のパーヴェルが割って入った。
夫は目の前に立ちふさがったいつの間にか大きくなった息子にたじろぎ
彼女に向かって吐き捨てるように言った。
「これからはもう、おれに金をせびるな。パーシカがきさまを養ってくれらあ…」
その後2年余り、父親は息子に目もくれず、口も聞かずに飲んだくれて
病気になって誰に惜しまれることもなく死んだのだった。
父親が死んでから
息子のパーヴェルは、それも仕事のうちとばかりに
酒をあおり、家に帰って食卓を叩きつけてみさえもしたが、
二日酔いに苦しんだあげく、そうした試みをすっぱりあきらめ
時間を見つけては難しい顔をして本を読むようになった。
やがてパーヴェルは仲間を家に集めて一緒に勉強したり
あれこれと小難しい議論をしたりするようになった。
彼女はそんな息子の様子を驚きと不安を持って見つめていたが
なにも言わなかった。
町からも同じ部落からも
パーヴェルの元に集まってくる人々は少しずつ増え、
中には彼女に親しげに話しかける者もいて
彼女は息子たちの考えを少しずつ知るようになる。
それは彼女に時には畏怖を、時には共感をもたらした。
工場である問題が起きたたとき、パーヴェルたちは抗議のビラをまいた。
やがて憲兵がやってきて家を捜索し、パーヴェルと数人の仲間たちが逮捕される。
息子たちがつかまっている間にビラがまかれれば、逮捕は的外れだったことになる。
彼女は息子を助けたい一心で、
自らかって出て密かにビラを工場に運び込む役割を担った。
けれども、彼女のとったその行動は彼女と息子の関係と
その後の彼女の運命を大きく変えることになるのだった。
********
『母』は、1906年、ゴーリキーがロシア帝国政府の迫害を逃れるとともに、
ロシア国外で革命を支援する世論を形成する使命を帯びて渡ったアメリカで
執筆された小説だ。
社会主義リアリズムの先駆的作品との位置づけと、
ロシア革命後は時の政府と距離を置きヨーロッパで暮らしたにもかかわらず、
生活に行き詰まり、スターリン政権下のソ連に帰国した著者の経歴から
共産主義の格好の宣伝材料として使われたことや、
ソ連の崩壊等々により忘れ去れらた、
あるいはすっかり古ぼけた時代遅れの作品として
見向かれなくなっているような気がするが
改めて読んでみるとこの作品が世界文学史上に与えた影響は大きかったに違いなく、
小説としてのすばらしさはやはり今も失われてはいないように思われた。
働く人々の権利を主張する人々がいなければ、
今の社会はありえなかったという歴史的事実はもとより、
ただ単に生物学上の関係において親子であるというだけでなく、
互いに信頼し、誇りに思い合う親子関係の尊さや、
人に名前を呼ばれたこともなく、
労られることはあっても、頼られたり、期待されたりすることがなかった一人の女性が
自分という存在とその価値に目覚めていく姿が心を打つ。
※上下巻あわせたレビューです。
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本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。
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- 出版社:新日本出版社
- ページ数:284
- ISBN:B000J94Z7G
- 発売日:1970年01月01日
- 価格:464円
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