ホセさん
レビュアー:
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「デビュー作にはその作家の全てが詰まっている」などと言われるが、
その通りの切れ味だった。
いや、刀ではなく棍棒でガツンだった。
今村夏子のデビュー作「こちらあみ子」と、2つの短編。
「デビュー作にはその作家の全てが詰まっている」などと言われるが、
その通りの切れ味だった。
いや、刀ではなく棍棒でガツンだった。
あみ子が、10歳頃から16歳頃までのお話。
あみ子は普通ではない。
というか、ありえない。
何年も好きだった男の子の名前を知らない。
その好きな子に殴られて、前歯三本を失う。
そして「こっちの方が良い」と、差し歯をせずに空いたままにする。
お母さんが流産してしまった後、弟のお墓を庭の金魚の墓のとなりに作った。
家族は、それはそれは淡々と綺麗に、壊れていく。
習字教室を開いていた活動的な母は、弟のお墓事件以来、何もやらなくなった。
面倒を見てくれた兄は、中学に入ったら筋金入りの不良になった。
父はそんな兄に「タバコで家燃やすなよ」というだけだ。
あみ子が中学を出る前に、両親は離婚し、あみ子は卒業と同時に、おばあちゃんの家に預けられた。
今村夏子が繰り出す主人公は、本著でも他でも、皆が普通ではない。おかしい。
お話の中で、更に壊れていく人も居た。
キャバクラの洗い場のアルバイトで、トイレへ行きたいと言えずに尿道炎になる。
水着でローラースケートを履いて給仕する店で、独りだけ履かない女。
中華料理屋で働き始めるが、客に言葉を発することができない。
どの作品でも「異質な者」に対する違和感が、ジワジワと湧き上がってくる。
本著のあみ子は、違和感がのっけから跳ね上がった。
違和感は、増えてくると嫌悪感に変わりがちなのだが、
本著では、違和感の一部は何か「違うもの」に変わっていく気がした。
それは「憧れ」といったものに近いようだ。
今までの主人公よりも「振り切っている」あみ子に、羨望や畏怖に似たものを感じ始めた。
ある場面を引用してみよう。小学生からの同級生との中学でのシーンだ。
「おまえの気持ち悪いとこ? 百億個くらいあるでー」
「うん。どこ?」
笑っていた坊主頭の顔面が、ふいに固く引き締まった。
それであみ子は自分の真剣が、向かい合う相手にちゃんと伝わったことを知った。
あらためて、目を見て言った。
「教えてほしい」
坊主頭はあみ子から目をそらさなかった。
少しの沈黙のあと、ようやく「そりゃ」と口を開いた。
そして固く引き締まったままの顔で、こう続けた。
「そりゃ、おれだけのひみつじゃ」
同級生は深く考えた結果、あみ子の中に羨望・畏怖のかけらを見つけたようだ。
書評や帯では、あみ子に「無垢」ということばを充てているが、
あみ子は極めて「真面目」に生きていると、読みながら感じ始める。
あみ子は、晩に頭が痛くなることが増えてきたが、
それが騒音をたてて近所を走り回るバイクのせいだと、しばらくしてから分かった。
ある晩、バイク騒音が始まると、あみ子は小学生の頃に父に買ってもらったトランシーバーを取り出してくる。
「応答せよ、応答せよ、こちらあみ子」
繰り返しても、ザーッという音しか聞こえてこず、
あみ子はひとりでしゃべることにした。
(ここからの語りが凄いので、読んでもらいたい。
あみ子の心の叫びが聞こえてくるはずだ。
イッセー尾形の全盛期を思い出したよ)
今村夏子の四冊目に、最もとんがった主人公に出会い、
あぁ、どの主人公も、こちらに「もしもし?」と語り続けていたんだ、と分かった。
それどころか、彼らとこちらの間には、境も川も、境界線みたいなものは、
そもそも何一つ無いのではないか、と気づき始めてしまった。
(2025/2/25)
PS 映画も見てみたくなった。
父親は井浦新(スマイル)だ。
「デビュー作にはその作家の全てが詰まっている」などと言われるが、
その通りの切れ味だった。
いや、刀ではなく棍棒でガツンだった。
あみ子が、10歳頃から16歳頃までのお話。
あみ子は普通ではない。
というか、ありえない。
何年も好きだった男の子の名前を知らない。
その好きな子に殴られて、前歯三本を失う。
そして「こっちの方が良い」と、差し歯をせずに空いたままにする。
お母さんが流産してしまった後、弟のお墓を庭の金魚の墓のとなりに作った。
家族は、それはそれは淡々と綺麗に、壊れていく。
習字教室を開いていた活動的な母は、弟のお墓事件以来、何もやらなくなった。
面倒を見てくれた兄は、中学に入ったら筋金入りの不良になった。
父はそんな兄に「タバコで家燃やすなよ」というだけだ。
あみ子が中学を出る前に、両親は離婚し、あみ子は卒業と同時に、おばあちゃんの家に預けられた。
今村夏子が繰り出す主人公は、本著でも他でも、皆が普通ではない。おかしい。
お話の中で、更に壊れていく人も居た。
キャバクラの洗い場のアルバイトで、トイレへ行きたいと言えずに尿道炎になる。
水着でローラースケートを履いて給仕する店で、独りだけ履かない女。
中華料理屋で働き始めるが、客に言葉を発することができない。
どの作品でも「異質な者」に対する違和感が、ジワジワと湧き上がってくる。
本著のあみ子は、違和感がのっけから跳ね上がった。
違和感は、増えてくると嫌悪感に変わりがちなのだが、
本著では、違和感の一部は何か「違うもの」に変わっていく気がした。
それは「憧れ」といったものに近いようだ。
今までの主人公よりも「振り切っている」あみ子に、羨望や畏怖に似たものを感じ始めた。
ある場面を引用してみよう。小学生からの同級生との中学でのシーンだ。
「おまえの気持ち悪いとこ? 百億個くらいあるでー」
「うん。どこ?」
笑っていた坊主頭の顔面が、ふいに固く引き締まった。
それであみ子は自分の真剣が、向かい合う相手にちゃんと伝わったことを知った。
あらためて、目を見て言った。
「教えてほしい」
坊主頭はあみ子から目をそらさなかった。
少しの沈黙のあと、ようやく「そりゃ」と口を開いた。
そして固く引き締まったままの顔で、こう続けた。
「そりゃ、おれだけのひみつじゃ」
同級生は深く考えた結果、あみ子の中に羨望・畏怖のかけらを見つけたようだ。
書評や帯では、あみ子に「無垢」ということばを充てているが、
あみ子は極めて「真面目」に生きていると、読みながら感じ始める。
あみ子は、晩に頭が痛くなることが増えてきたが、
それが騒音をたてて近所を走り回るバイクのせいだと、しばらくしてから分かった。
ある晩、バイク騒音が始まると、あみ子は小学生の頃に父に買ってもらったトランシーバーを取り出してくる。
「応答せよ、応答せよ、こちらあみ子」
繰り返しても、ザーッという音しか聞こえてこず、
あみ子はひとりでしゃべることにした。
(ここからの語りが凄いので、読んでもらいたい。
あみ子の心の叫びが聞こえてくるはずだ。
イッセー尾形の全盛期を思い出したよ)
今村夏子の四冊目に、最もとんがった主人公に出会い、
あぁ、どの主人公も、こちらに「もしもし?」と語り続けていたんだ、と分かった。
それどころか、彼らとこちらの間には、境も川も、境界線みたいなものは、
そもそも何一つ無いのではないか、と気づき始めてしまった。
(2025/2/25)
PS 映画も見てみたくなった。
父親は井浦新(スマイル)だ。
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語りかける書評ブログ「人生は短く、読むべき本は多い」からの転記になります。
殆どが小説で、児童書、マンガ、新書が少々です。
評点やジャンルはつけないこととします。
ブログは「今はなかなか会う機会がとれない、本読みの友人たちへ語る」調子を心がけています。
従い、私の記憶や思い出が入り込み、エッセイ調にもなっています。
主要六紙の書評や好きな作家へのインタビュー、注目している文学賞の受賞や出版各社PR誌の書きっぷりなどから、自分なりの法則を作って、新しい作家を積極的に選んでいます(好きな作家へのインタビュー、から広げる手法は確度がとても高く、お勧めします)。
また、著作で前向きに感じられるところを、取り上げていくように心がけています。
「推し」の度合いは、幾つか本文を読んで頂ければわかるように、仕組んでいる積りです。
PS 1965年生まれ。働いています。
書評一覧を取得中。。。
- 出版社:筑摩書房
- ページ数:237
- ISBN:9784480431820
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