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ドラマのファンが読んでみたシャーロック・ホームズ小説の世界
私は子供の頃に「まだらのひも」でホームズ作品と衝撃的出会いをしたのですが、機会があれば読むというグウタラな読者ですので、いまだ全作品を読み終えておりません。
今回の献本に応募したのは、これを機会に既読作品を増やそう!ということと、現在NHKで再放送中のイギリスのグラナダTV制作のテレビドラマ「シャーロック・ホームズの冒険」(1984~1994発表)の原作にあたってみたいという事が動機でした。
実は「最後の挨拶」は日暮雅通訳の光文社文庫の電子書籍をすでに持っていたのですが、こちらには初版時掲載されていた挿し絵がなく、本書には掲載されているとのことだったので、挿し絵を味わいがてら訳者ちがいで読み比べてみようと欲張ってみました。
読んでいてすぐ気になったのは、仕草の表現。「ウィステリア荘」1ページ目。
ホームズがワトスンに向き直って話しかける時の一連の仕草です。
日暮雅通訳
深町真理子訳
参考までに原文は
そもそも光文社文庫で集め始めたのは、日暮氏がホームズ通であるがゆえの脚注や解説などの豊富な情報量と現代的な読みやすい文章に着目したからでした。
しかし今回深町氏の訳に接して、何か懐かしいような「ときめき」を感じてドキっとしました。「目をきらきらさせて」という表現、最近はあまり見かけない気がするのですが、昔読んでいた本ではよくお目にかかったような印象があります。いい表現だよねえ、目をきらきらさせて…なんてウットリしていたら、「きらきら」のビジュアル的なイメージがフッと先述のテレビドラマの役者さん(ジェレミー・ブレッド)に重なったのです。彼はホームズの映像化作品のなかで、もっとも原作のイメージに近いと評判をとっているそうです。
あらためてセリフにも着目してみると、言葉の語尾が「物語の数々を思い出してごらんよ」(日暮訳)と「物語の数々を思い起こしてみたまえ」(深町訳)というふうに違います。
1985年に初めて日本で放送された前述のドラマの日本語吹き替えの言い回しは「〜したまえ」がよく使われています。(訳者は額田やえ子)
ドラマの台本は約30年前に訳されたから古風な言い回しになっているのかな?と思いましたが、「したまえ」と訳している本書は2014年に新しく訳されたもので、2007年の日暮氏の訳本よりも更に新しいのです。
これは、各々の訳者さんが何を大事にされているのかで大きく違っているのだと思います。
深町氏訳による創元推理文庫のシャーロック・ホームズ全集は、次回配本予定の長篇「恐怖の谷」ですべて揃うのだそうですが、最初の訳本になった「シャーロック・ホームズの事件簿」には訳者のあとがきが収められており、翻訳への取り組みについて語られています。
一方、日暮氏はこの創元推理文庫の「最後の挨拶」に「シャーロック・ホームズとそのコアなファンたちの、長く濃密な関係」と題した解説を寄せられており、その冒頭でBBCテレビ制作のテレビドラマ『SHERLOCK』(2010年〜)が近年爆発的人気を得て、新しいホームズのファンが生まれ続けていると書いています。念のために付け加えると、前掲の訳文はドラマ放映前のものです。
日暮氏は光文社文庫のほかに講談社の青い鳥文庫も手がけておられます。新しい読者、若い読者へホームズの物語を紹介していくことにも、重点をおいたお仕事をされていると思います。
私は20世紀のドラマと21世紀のドラマのどちらもファンであり、古い「したまえ」ホームズも新しい「しろよ」ホームズも気に入っているのですが、前者が原作に忠実なドラマ化であるがゆえに、原作を読んでいるとどうしても前者のドラマの口調がよみがえってきてしまいます。読みながら露口茂(ホームズの日本語吹き替え担当)の声が聞こえてきてしまうのです。ワトスンも同様。それぐらい深町訳はドラマファンにもしっくりくる訳文なのです。
今回の献本は紙の本でいただきましたが、ホームズは電子書籍で集めつつある私。
光文社文庫電書版はイラストがないけど、注釈がていねいで充実&解説がディープで読み応え満点。およそ100年前の外国のお話なので、この注釈は頼もしい。サン・ペドロ、探してしまいましたもの。モデルとなった歴史上のできごとについても詳しく書かれています。
創元推理文庫電書版は初版時のイラスト付きだし、雰囲気たっぷりの訳文でドラマそのままの雰囲気が味わえる。これは効果大きいです。読みながらビジュアルが頭の中に展開してきますから、物語にドップリ浸れます。またドラマと比べると小説は案外アッサリとそっけないくらいの描写だったり、またその逆もあったりして、その違いを楽しんだりもしています。(追記:深町訳はKindle化済みはまだ2冊だけでした)
どちらも味わいたいなあ…お財布には痛いけど、どちらも電子書籍があるので本棚のスペース確保には困らなくて済みそうだし。
なお創元推理文庫の旧訳、阿部知二訳もちゃんと電子書籍化されております。素晴らしい。さらに、ホームズはパブリック・ドメインなので、英文ならあちこちでタダで読めてしまいます。英文読解力はないのですが、今回のような表現の違いを楽しむ時に参考にしています。
ドラマで勢いづいて手を出したホームズ小説の世界ですが、人気シリーズだけにテキストが溢れるほどあることが分かってまいりました。
たとえ全集を読み終えたとしても、その他一生かかっても読み切れないほどのホームズ作品が世間にはあるのです。
すでに遭難者の気分を味わっている私、シャーロッキアンになれる見込みは薄そうです。
さてドラマと訳文比較に終止してしまったので、最後に小説の感想をひとくさり。
この短編集には8本収録されていますが、その中で特に印象深い作品は「悪魔の足」でした。
一晩にしてふたりが発狂し、ひとりが死亡する異様な事件が発生。その死に顔には恐怖がはりついていた。侵入者のあった形跡も手がかりらしきものもなく、難航する捜査。被害者たちは本当に悪魔に襲われたのか?
今となっては古典的トリックなのでしょうが、ホームズが些細な引っかかりを起点に、そこから推論・検証を積み重ねて真相に迫っていくという、推理ものの王道的醍醐味が味わえる作品です。
またホームズファンが注目する(?)ホームズとワトスンの心情のやりとりなんかも、キラリと光る一文が用意されております。Kindleの「他にもハイライトしてる人がいます」機能で分かるのですが、他の読者さんもここにライン引いてますよ!そして私はこの箇所もやっぱり深町訳に軍配を上げます。深いです!(一部に目くばせ)
またこの話ではいつものロンドンを離れ、イギリス南西端に位置するコーンウォール地方で、ホームズとワトスンが仮住まいをしています。荒々しくうねる海を見下ろす岬の上に建つコテージがその住居。四方は陰鬱そのものの荒れ地(ムーア)で、古代の遺跡が点在しています。ホームズはそこで古代コーンウォール語に関する研究に没頭しようとしていた所でした。そんなロケーションも見所です。
この特異な風景を私はドラマ化された作品「シャーロック・ホームズの冒険」で観ることができました。とても幻想的な風景で、事件の雰囲気とあいまって強く心に残るものでした。
表題作になっている「最後の挨拶」には還暦間近(?)のホームズが!ファンなら大いに胸躍ること間違いなしでしょう。
関連レビュー
マイケル・シェイボン「シャーロック・ホームズ最後の解決」
光文社文庫「緋色の研究」
ホームズの名推理
今回の献本に応募したのは、これを機会に既読作品を増やそう!ということと、現在NHKで再放送中のイギリスのグラナダTV制作のテレビドラマ「シャーロック・ホームズの冒険」(1984~1994発表)の原作にあたってみたいという事が動機でした。
実は「最後の挨拶」は日暮雅通訳の光文社文庫の電子書籍をすでに持っていたのですが、こちらには初版時掲載されていた挿し絵がなく、本書には掲載されているとのことだったので、挿し絵を味わいがてら訳者ちがいで読み比べてみようと欲張ってみました。
読んでいてすぐ気になったのは、仕草の表現。「ウィステリア荘」1ページ目。
ホームズがワトスンに向き直って話しかける時の一連の仕草です。
日暮雅通訳
ホームズは何も言わなかったが、気にかかっているらしく、そのあと暖炉の前にもの思わしげに立ったままパイプをふかし、ときどきその電文にちらりと目をやっていた。ふと、いたずらっぽい目つきをわたしに向ける。
「ねえ、ワトスン(中略)きみの物語の数々を思い出してごらんよ。…
深町真理子訳
それきり電報のことは一言も口にせず、それでもその内容は気にかかっているらしく、食後は思案げな表情で暖炉の前に立ち、ときおりその文面に目を走らせながらパイプをくゆらせていたが、とつぜんくるりと私のほうに向きなおると、悪戯っぽく目をきらきらさせて問いかけてきた——
「ねえワトスン、(中略)ああいった物語の数々を思い起こしてみたまえ。…
参考までに原文は
He made no remark,but the matter remained in his thoughts,for he stood in front of the fire afterwards with a thoughtful face,smoking his pipe,and cating an occasional glance at the message.Suddenly he turned upon me with a mischievous twinkle in his eyes.
゛I suppose,Watson,(中略)If you cast your mind back to some of those narratives with which…
そもそも光文社文庫で集め始めたのは、日暮氏がホームズ通であるがゆえの脚注や解説などの豊富な情報量と現代的な読みやすい文章に着目したからでした。
しかし今回深町氏の訳に接して、何か懐かしいような「ときめき」を感じてドキっとしました。「目をきらきらさせて」という表現、最近はあまり見かけない気がするのですが、昔読んでいた本ではよくお目にかかったような印象があります。いい表現だよねえ、目をきらきらさせて…なんてウットリしていたら、「きらきら」のビジュアル的なイメージがフッと先述のテレビドラマの役者さん(ジェレミー・ブレッド)に重なったのです。彼はホームズの映像化作品のなかで、もっとも原作のイメージに近いと評判をとっているそうです。
あらためてセリフにも着目してみると、言葉の語尾が「物語の数々を思い出してごらんよ」(日暮訳)と「物語の数々を思い起こしてみたまえ」(深町訳)というふうに違います。
1985年に初めて日本で放送された前述のドラマの日本語吹き替えの言い回しは「〜したまえ」がよく使われています。(訳者は額田やえ子)
ドラマの台本は約30年前に訳されたから古風な言い回しになっているのかな?と思いましたが、「したまえ」と訳している本書は2014年に新しく訳されたもので、2007年の日暮氏の訳本よりも更に新しいのです。
これは、各々の訳者さんが何を大事にされているのかで大きく違っているのだと思います。
深町氏訳による創元推理文庫のシャーロック・ホームズ全集は、次回配本予定の長篇「恐怖の谷」ですべて揃うのだそうですが、最初の訳本になった「シャーロック・ホームズの事件簿」には訳者のあとがきが収められており、翻訳への取り組みについて語られています。
先行訳またはほかの諸訳によってこれまでつちかわれてきたシャーロック・ホームズのイメージ——これは訳者自身、これまで読者としていだきつづけてきたイメージ、ということでもありますが——これをこわさぬように、ということでした。
一方、日暮氏はこの創元推理文庫の「最後の挨拶」に「シャーロック・ホームズとそのコアなファンたちの、長く濃密な関係」と題した解説を寄せられており、その冒頭でBBCテレビ制作のテレビドラマ『SHERLOCK』(2010年〜)が近年爆発的人気を得て、新しいホームズのファンが生まれ続けていると書いています。念のために付け加えると、前掲の訳文はドラマ放映前のものです。
日暮氏は光文社文庫のほかに講談社の青い鳥文庫も手がけておられます。新しい読者、若い読者へホームズの物語を紹介していくことにも、重点をおいたお仕事をされていると思います。
私は20世紀のドラマと21世紀のドラマのどちらもファンであり、古い「したまえ」ホームズも新しい「しろよ」ホームズも気に入っているのですが、前者が原作に忠実なドラマ化であるがゆえに、原作を読んでいるとどうしても前者のドラマの口調がよみがえってきてしまいます。読みながら露口茂(ホームズの日本語吹き替え担当)の声が聞こえてきてしまうのです。ワトスンも同様。それぐらい深町訳はドラマファンにもしっくりくる訳文なのです。
今回の献本は紙の本でいただきましたが、ホームズは電子書籍で集めつつある私。
光文社文庫電書版はイラストがないけど、注釈がていねいで充実&解説がディープで読み応え満点。およそ100年前の外国のお話なので、この注釈は頼もしい。サン・ペドロ、探してしまいましたもの。モデルとなった歴史上のできごとについても詳しく書かれています。
創元推理文庫電書版は初版時のイラスト付きだし、雰囲気たっぷりの訳文でドラマそのままの雰囲気が味わえる。これは効果大きいです。読みながらビジュアルが頭の中に展開してきますから、物語にドップリ浸れます。またドラマと比べると小説は案外アッサリとそっけないくらいの描写だったり、またその逆もあったりして、その違いを楽しんだりもしています。(追記:深町訳はKindle化済みはまだ2冊だけでした)
どちらも味わいたいなあ…お財布には痛いけど、どちらも電子書籍があるので本棚のスペース確保には困らなくて済みそうだし。
なお創元推理文庫の旧訳、阿部知二訳もちゃんと電子書籍化されております。素晴らしい。さらに、ホームズはパブリック・ドメインなので、英文ならあちこちでタダで読めてしまいます。英文読解力はないのですが、今回のような表現の違いを楽しむ時に参考にしています。
ドラマで勢いづいて手を出したホームズ小説の世界ですが、人気シリーズだけにテキストが溢れるほどあることが分かってまいりました。
たとえ全集を読み終えたとしても、その他一生かかっても読み切れないほどのホームズ作品が世間にはあるのです。
すでに遭難者の気分を味わっている私、シャーロッキアンになれる見込みは薄そうです。
さてドラマと訳文比較に終止してしまったので、最後に小説の感想をひとくさり。
この短編集には8本収録されていますが、その中で特に印象深い作品は「悪魔の足」でした。
一晩にしてふたりが発狂し、ひとりが死亡する異様な事件が発生。その死に顔には恐怖がはりついていた。侵入者のあった形跡も手がかりらしきものもなく、難航する捜査。被害者たちは本当に悪魔に襲われたのか?
今となっては古典的トリックなのでしょうが、ホームズが些細な引っかかりを起点に、そこから推論・検証を積み重ねて真相に迫っていくという、推理ものの王道的醍醐味が味わえる作品です。
またホームズファンが注目する(?)ホームズとワトスンの心情のやりとりなんかも、キラリと光る一文が用意されております。Kindleの「他にもハイライトしてる人がいます」機能で分かるのですが、他の読者さんもここにライン引いてますよ!そして私はこの箇所もやっぱり深町訳に軍配を上げます。深いです!(一部に目くばせ)
またこの話ではいつものロンドンを離れ、イギリス南西端に位置するコーンウォール地方で、ホームズとワトスンが仮住まいをしています。荒々しくうねる海を見下ろす岬の上に建つコテージがその住居。四方は陰鬱そのものの荒れ地(ムーア)で、古代の遺跡が点在しています。ホームズはそこで古代コーンウォール語に関する研究に没頭しようとしていた所でした。そんなロケーションも見所です。
この特異な風景を私はドラマ化された作品「シャーロック・ホームズの冒険」で観ることができました。とても幻想的な風景で、事件の雰囲気とあいまって強く心に残るものでした。
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マンガ大好き。マンガ・小説が中心です。
浮世の雑事に気を取られ、一年近く留守にしておりました。
少しずつ再開して参ります。
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- 出版社:東京創元社
- ページ数:390
- ISBN:9784488101220
- 発売日:2014年08月29日
- 価格:907円
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