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オオカミが日本の古代神話にも万葉歌にも登場しないのはなぜか。日本人のオオカミ観から辿る、人とオオカミの歴史。
オオカミが登場する昔話が日本には無い。神話にも登場しないし、歌人たちにも無視された。人里周辺にも出没してきたのに、なぜだろう。「日本人とオオカミの歴史には、なにか隠されているものがあるのではないか。」そんな疑惑をもって著者は調査を始める。
著者が示したのは、階層により二つに分かれていた親オオカミ・嫌オオカミという日本人の観念だ。環境考古学、魏志倭人伝、万葉集から近代までの文学、各地の風土記など、掘り起こされた文献は膨大かつ多岐にわたる。また地方の村々での伝承や目撃談の聞き取りなど、地道な調査を積み重ねて書かれた本である。
親オオカミ派の代表は農民層である。里から離れた山地にも畑を作っていた人々は、作物を根こそぎ食い荒らす動物を追い払うのに、夜通し火を焚いて見張るなど涙ぐましい努力をしていた。害獣を捕食してくれるオオカミは有難い存在だった。オオカミの食べ残しのシシやシカ肉(オオカミ落とし)は喜んで持って帰る。夜の山で偶然出会い、ヒタヒタと後をつけられ(送りオオカミ)震えあがったりしても、オオカミは敵視されるよりも敬意を持たれていた。
嫌オオカミ派の代表は、中国文化を手本として学んできた知識層である。肉類に依存することなく食文化を育んだ日本と違い、中国は畜産を行う。牛や羊を襲うオオカミは不倶戴天の敵だ。中国で生まれた「餓狼」という言葉からも、そのオオカミ観はわかる。日本の知識層は否定的観念も学んでしまったのだ。風雅な貴族階級は農民の苦労なんて知らないから、鹿の鳴き声にあわれを感じ、オオカミを生活から意識的に排除した。
著者は、中世以降の農業開発による山林の減少、狂犬病の流行など時代ごとの要因が二つのオオカミ観に影響を与え、人とオオカミの関係が変化してゆく様子を克明に追っている。長い牧畜文化を持つ西欧社会もオオカミを敵視してきた。明治の文明開化が日本人のオオカミ観に与えた影響を考えれば、著者の言う通り、ニホンオオカミはもう滅びるしかなかったのだろう。
昔の農民たちは字を知らなかった。文献に残るかすかな痕跡から農民層のオオカミ観の根拠を示したこと、知識層から無視されてきた人々の、日本人としての感性に光を当てたことに、作者の力量を感じた。
<余談>
*日本オオカミ協会が、害獣対策などにオオカミを導入することへの賛否を問うアンケートを行なっていました。(回答者15082人 賛成40.4%、反対13.9%)
いったい何人の農業従事者に聞いたのかな。都市部に住む回答者にとって、導入の是非は他人事に過ぎないのじゃないかと・・・本書を読んで思いました。
*『オオカミの護符』という本を読み、人とオオカミの歴史についてもっと全国規模かつ民俗学的アプローチで記した本をさがしたところ出会ったのがこの作品です。
*私をオオカミの魅惑の世界に誘って下さったあの方も、同じ時に同じ本を読んでいたとは!ぽんきちさんの書評はこちらです。
著者が示したのは、階層により二つに分かれていた親オオカミ・嫌オオカミという日本人の観念だ。環境考古学、魏志倭人伝、万葉集から近代までの文学、各地の風土記など、掘り起こされた文献は膨大かつ多岐にわたる。また地方の村々での伝承や目撃談の聞き取りなど、地道な調査を積み重ねて書かれた本である。
親オオカミ派の代表は農民層である。里から離れた山地にも畑を作っていた人々は、作物を根こそぎ食い荒らす動物を追い払うのに、夜通し火を焚いて見張るなど涙ぐましい努力をしていた。害獣を捕食してくれるオオカミは有難い存在だった。オオカミの食べ残しのシシやシカ肉(オオカミ落とし)は喜んで持って帰る。夜の山で偶然出会い、ヒタヒタと後をつけられ(送りオオカミ)震えあがったりしても、オオカミは敵視されるよりも敬意を持たれていた。
嫌オオカミ派の代表は、中国文化を手本として学んできた知識層である。肉類に依存することなく食文化を育んだ日本と違い、中国は畜産を行う。牛や羊を襲うオオカミは不倶戴天の敵だ。中国で生まれた「餓狼」という言葉からも、そのオオカミ観はわかる。日本の知識層は否定的観念も学んでしまったのだ。風雅な貴族階級は農民の苦労なんて知らないから、鹿の鳴き声にあわれを感じ、オオカミを生活から意識的に排除した。
著者は、中世以降の農業開発による山林の減少、狂犬病の流行など時代ごとの要因が二つのオオカミ観に影響を与え、人とオオカミの関係が変化してゆく様子を克明に追っている。長い牧畜文化を持つ西欧社会もオオカミを敵視してきた。明治の文明開化が日本人のオオカミ観に与えた影響を考えれば、著者の言う通り、ニホンオオカミはもう滅びるしかなかったのだろう。
昔の農民たちは字を知らなかった。文献に残るかすかな痕跡から農民層のオオカミ観の根拠を示したこと、知識層から無視されてきた人々の、日本人としての感性に光を当てたことに、作者の力量を感じた。
<余談>
*日本オオカミ協会が、害獣対策などにオオカミを導入することへの賛否を問うアンケートを行なっていました。(回答者15082人 賛成40.4%、反対13.9%)
回答者の職業は、会社員62.0%、公務員2.4%、主婦6.3%、その他14.7%、無回答14.6%でした。その他には、教員、経営者、農業者、学生などが含まれます。とのこと。
いったい何人の農業従事者に聞いたのかな。都市部に住む回答者にとって、導入の是非は他人事に過ぎないのじゃないかと・・・本書を読んで思いました。
*『オオカミの護符』という本を読み、人とオオカミの歴史についてもっと全国規模かつ民俗学的アプローチで記した本をさがしたところ出会ったのがこの作品です。
*私をオオカミの魅惑の世界に誘って下さったあの方も、同じ時に同じ本を読んでいたとは!ぽんきちさんの書評はこちらです。
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「本が好き!」に参加してから、色々な本を紹介していただき読書の幅が広がりました。
この書評へのコメント
- ぽんきち2014-07-10 09:00自分のレビューは、印象が強かったところを中心に割と感覚的にまとめてしまったので、知識階級のオオカミ観とかはすっとばしていました。 
 
 共感もありつつ、まとめ方という意味では、勉強になりました。ありがとうございます。
 
 先日、BBCの番組で、カナダからワシントン州への野生オオカミの移動を扱っていたものを見ていたのですが、保護・支援しようとする人々がいる一方で、見かけたら撃ち殺すと言う人々もいて、やはりなかなか難しいものだな、と思いました。
 http://www.bs-asahi.co.jp/bbc/na_75_01.html
 
 地道な対話・注意深いモニタリングが大事なのではないかと感じます。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。
- Wings to fly2014-07-10 16:57ぽんきちさん 
 ご紹介の番組HP拝見しました。なんと、現代のアメリカでも研究者と牧場主にオオカミ観の二重構造が!神にまでなった日本はやっぱり特異なのか…。確かに、共存の利点などを話し合ってゆく場が必要ですね。人にもオオカミにも不幸な事故が起こらないことを祈りたいです。
 
 私は日本人の心に刻まれたオオカミ像に興味があって読んだので、書評はそっちをメインにしました( ´ ▽ ` )ノ 同じ本を読んでも、絶対同じまとめ方にならないところが書評の面白さだなぁと思います(^^)
 これは良い作品でしたね。元新聞記者の著者の地道な取材ぶりに感動しました!クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。
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