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探偵ガリレオシリーズ初の長編。今さら言う必要のない事だが第134回直木賞、第6回本格ミステリ大賞受賞作。
本書は、推理小説であると同時に、ひとつの愛の物語である。
天才数学者でありながら不遇な日々を送っていた私立高校の数学の教師・石神哲哉は、一人娘と暮らすアパートの隣人の花岡靖子に秘かな想いを寄せていた。靖子は「べんてん亭」という小さな弁当屋で働いている。石神は、靖子の顔を見るために毎朝通勤途中に「べんてん亭」に通い、〝おまかせ弁当〟を買った。ちなみに、映画のロケ地のお弁当屋さんでは〝おまかせ弁当〟とは日替わり弁当のことで600円。
この仕事に就く前、靖子は錦糸町のクラブで働いていた。美里は靖子の一人娘だ。父親はいない。今から五年前に離婚したのだ。
ある日、前夫の富樫慎二が、「べんてん亭」に訪ねてきた。靖子は、追い返そうとしたが、富樫がしつこく言いよってきたので、店では迷惑だと思い、仕方なく近くのファミリーレストランで会うことにした。
結婚当初は幸せだった。外車のセールスをしていた富樫の収入が安定していたから、靖子は水商売から足を洗うことができた。また彼は、靖子の連れ子の美里をかわいがってもくれた。しかし、富樫が長年に亘る使い込みがばれて、会社をくびになった。それ以来、富樫は人間が変わった。働かず、ギャンブルに出かけ、酒の量も増え、暴力をふるうようになった。離婚してから靖子は富樫から逃れるため、店を移り、住所も変えた。それからさらに引越しをし、「べんてん亭」で働き始めて一年近くになる。
ファミリーレストランで富樫と別れた後、アパートにもどってしばらくすると、突然ドアホンが鳴った。富樫はアパートを嗅ぎつけていたのだ。富樫は、靖子に復縁を執拗に迫っていた。靖子が金を渡すと、いったん諦めて富樫が帰ろうとした時、美里が銅製の花瓶で富樫の後頭部を殴りつけていた。
「おまえら……」呻きながら、富樫は転んだ美里に馬乗りになり、美里の髪を掴み、右手で頬を殴った。
「てめえ、ぶっ殺してやる」このままだと本当に美里は殺されてしまう。靖子は、ホーム炬燵のコードを持ち出し、富樫の背後に回り、思いっきり首を絞めた。富樫はぴくりともしなくなった。息が絶えたのである。
その時、ドアホンが鳴った。隣りに住んでいる石神だった。物音を聞いて事態に気づいたのだった。石神は二人を救うため、隠蔽工作をし、完全犯罪を企てる。だが皮肉にも、石神のかつての親友である物理学者の〝ガリレオ〟こと湯川学が、その謎に挑むことになる。
形としては刑事コロンボや古畑任三郎のように、まず犯行の様子を見せておき、後から手がかりを元に警察が真相を突止める構成となっている。だから比較的早くから、犯人が分かっている。事件を追う刑事は、草薙と後輩刑事の岸谷である。草薙は、湯川学の親友であり、大学の同窓生でもあった。ここでの草薙はしいて言えばワトソン役のようである。
ラストには驚異溢れるどんでん返しもある。湯川は明晰な頭脳の持ち主で、鮮やかな推理で事件の真相を掴むのだが、親友石神との友情との狭間で葛藤を続ける。
この物語は、石神の靖子に対する究極の愛がテーマである。見返りを望まず、自己犠牲を払い、相手の幸せだけを願う。これほど深い愛情に、靖子はこれまで出会ったことがなかっただろう。石神のあの無表情の下には、常人には底知れぬほどの愛情が潜んでいたのだった。石神が靖子に宛てた手紙の最後の文を読んだ時、そのあまりにも一途な献身ぶりに泣けた。映画では、石神役が堤真一というのもいいね。ただし小説よりすこしかっこ良すぎるけれど……。
とても読みやすく面白い小説だが、ミステリとして考えると少々不満も残る。奇抜なトリックや考え抜いたプロットを期待する、本格ミステリファンには少し物足りない感じがするかもしれない。しかし、総合的に見て人間ドラマとしては素晴らしい出来だと思う。
天才数学者でありながら不遇な日々を送っていた私立高校の数学の教師・石神哲哉は、一人娘と暮らすアパートの隣人の花岡靖子に秘かな想いを寄せていた。靖子は「べんてん亭」という小さな弁当屋で働いている。石神は、靖子の顔を見るために毎朝通勤途中に「べんてん亭」に通い、〝おまかせ弁当〟を買った。ちなみに、映画のロケ地のお弁当屋さんでは〝おまかせ弁当〟とは日替わり弁当のことで600円。
この仕事に就く前、靖子は錦糸町のクラブで働いていた。美里は靖子の一人娘だ。父親はいない。今から五年前に離婚したのだ。
ある日、前夫の富樫慎二が、「べんてん亭」に訪ねてきた。靖子は、追い返そうとしたが、富樫がしつこく言いよってきたので、店では迷惑だと思い、仕方なく近くのファミリーレストランで会うことにした。
結婚当初は幸せだった。外車のセールスをしていた富樫の収入が安定していたから、靖子は水商売から足を洗うことができた。また彼は、靖子の連れ子の美里をかわいがってもくれた。しかし、富樫が長年に亘る使い込みがばれて、会社をくびになった。それ以来、富樫は人間が変わった。働かず、ギャンブルに出かけ、酒の量も増え、暴力をふるうようになった。離婚してから靖子は富樫から逃れるため、店を移り、住所も変えた。それからさらに引越しをし、「べんてん亭」で働き始めて一年近くになる。
ファミリーレストランで富樫と別れた後、アパートにもどってしばらくすると、突然ドアホンが鳴った。富樫はアパートを嗅ぎつけていたのだ。富樫は、靖子に復縁を執拗に迫っていた。靖子が金を渡すと、いったん諦めて富樫が帰ろうとした時、美里が銅製の花瓶で富樫の後頭部を殴りつけていた。
「おまえら……」呻きながら、富樫は転んだ美里に馬乗りになり、美里の髪を掴み、右手で頬を殴った。
「てめえ、ぶっ殺してやる」このままだと本当に美里は殺されてしまう。靖子は、ホーム炬燵のコードを持ち出し、富樫の背後に回り、思いっきり首を絞めた。富樫はぴくりともしなくなった。息が絶えたのである。
その時、ドアホンが鳴った。隣りに住んでいる石神だった。物音を聞いて事態に気づいたのだった。石神は二人を救うため、隠蔽工作をし、完全犯罪を企てる。だが皮肉にも、石神のかつての親友である物理学者の〝ガリレオ〟こと湯川学が、その謎に挑むことになる。
形としては刑事コロンボや古畑任三郎のように、まず犯行の様子を見せておき、後から手がかりを元に警察が真相を突止める構成となっている。だから比較的早くから、犯人が分かっている。事件を追う刑事は、草薙と後輩刑事の岸谷である。草薙は、湯川学の親友であり、大学の同窓生でもあった。ここでの草薙はしいて言えばワトソン役のようである。
ラストには驚異溢れるどんでん返しもある。湯川は明晰な頭脳の持ち主で、鮮やかな推理で事件の真相を掴むのだが、親友石神との友情との狭間で葛藤を続ける。
この物語は、石神の靖子に対する究極の愛がテーマである。見返りを望まず、自己犠牲を払い、相手の幸せだけを願う。これほど深い愛情に、靖子はこれまで出会ったことがなかっただろう。石神のあの無表情の下には、常人には底知れぬほどの愛情が潜んでいたのだった。石神が靖子に宛てた手紙の最後の文を読んだ時、そのあまりにも一途な献身ぶりに泣けた。映画では、石神役が堤真一というのもいいね。ただし小説よりすこしかっこ良すぎるけれど……。
とても読みやすく面白い小説だが、ミステリとして考えると少々不満も残る。奇抜なトリックや考え抜いたプロットを期待する、本格ミステリファンには少し物足りない感じがするかもしれない。しかし、総合的に見て人間ドラマとしては素晴らしい出来だと思う。
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推理小説が大好きです。エレキギターとドラムを演奏します。
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- 出版社:文藝春秋
- ページ数:394
- ISBN:9784167110123
- 発売日:2008年08月05日
- 価格:660円
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