27 木内昇 「茗荷谷の猫」
江戸から東京を舞台に、市井の人を書いた連作集。
主人公たちの一見淡々と流れる日々の中に、どうしても譲れない信条や、音もたてずに切れていく精神の一端をそっと書いている。
実は我々の平々凡々とした日々も内包している、結構激しい裏側を垣間見た気になって、派手な小説よりもかえって根深く心に残った。
短編の個々は、ごくわずかの接点で繋がっているだけで、はっきりした共通点は江戸~東京だけと言える。
木内昇は、時間をずらして関連のない人達の物語を連ねる事で、江戸から東京に変わっていく「この町」も主人公として描きたかったのだと感じた。
元インタヴュー誌主宰者である木内昇が、時々の人達に「どうですか?」「で、実は?」と聞き込みをして、撮った写真を重ねているアルバムみたいだ。
「染井の桜」が好きだ。ご近所から「あの桜」が生まれたおはなし♪♪
徳蔵はある時「一生続けるものだと信じていた」武士を捨てて、巣鴨染井村で植木職人を始める。
桜の接ぎ木に没頭し、努力の末に成功した「染井吉野」の作り方を秘密にせず、高く売ることもせず、その結果この桜は急速に広まっていって、2週間もしたらいつもの年のように我々の頬を緩めてくれる。
徳蔵の妻お慶は武家の娘で、徳蔵が植木職人になっても仲間に茶も出さず話もせず、
ずっと暗い影を引きずって過ごしていくのだが、お慶が病没した後に徳蔵が取った行動は・・・
「茗荷谷の猫」も読ませる。
絵を描く事が趣味の文枝は、ひょんな事から少しづつ絵を売り出すようになる。
縁の下には野良猫が住み着いて子猫を生む。
平凡な役所勤めの夫は、毎日キチンと家に帰り食卓を囲むのだが、市電の事故の日に失踪してしまう。
警察は事故で亡くなったと処理するが遺体はなく、文枝はしばし前に夫そっくりな人がが芝居小屋の切符売りをしているのを見ている。
残された文枝は絵を食い扶持にしていきたいのだが・・・
そして縁の下の猫は・・・
木内昇の文章は多くを語らず淡々と、素っ気ない感じすらあって、初めて読み終わった時は少し落ち着かなかった。
だが、宮部みゆきがあるインタビューで「木内昇は書き過ぎないところがとても良い」と言ってるのを目にして、はたと膝を打った。
説明して、物語の風景・匂い・音や心情を我々読者に感じさせる事は素晴らしい作家の技量であり、またありがたいのだが、敢えて一部をそぎ落として「読者に想像させ補完させて、像を完成する」やり方を選んでいるのだろう。
そのメッセージを胸に読み直したら、豊かな像が現れてきた。
完成した像は皆が同じとは限らないが、読者はより強く物語・筆者との一体感を得られるはずだ。
「仕上げ」をしたのだから。
この手法にもインタビューの経験が生きているんだろうなぁ♪♪
ちょっとした書評と地元「茗荷谷」のタイトルでこの本を手にしたのだが、
木内昇のメッセージを意識して最初から読んだ次作の
「漂砂のうたう」(直木賞)が、
これまたいい世界を見せてくれて、お付合いが決定的になりました。
(2009、2015)
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