通りに面して一見町屋風の料亭が並ぶ。どの店も共通の体裁の店看板を出し、京都のどこかの小路でもあるかのような風情がある。だが、大きく違うことがある。玄関が大きく開かれこうこうと明るいその上がり框には、きれいなおねえさんが通りにむいてちょこんと座っている。軒並み、寺の本堂に鎮座する本尊のようにそこに収まる綺麗なおねえさんを想像した時、激しい違和感というか嫌悪感を感じた。
著者は時を経て今もなお実質、遊郭として機能しているらしいこの飛田という街の実態を明らかにするため、実際に飛田で遊んだことがある男性たちの証言をとることに始まって、基本「飛田には触ってくれるな」という姿勢の店の経営者たちで組織される飛田の料亭組合の本部、町内はもとより周辺にある飲食店に根気強く足を運び、その輪郭を明らかにしようと試みる。
法をかいくぐり地元の警察さえ暗黙の了解で口をつぐむことで営業が成り立っている飛田新地の人々の口は一様に重い。だが著者の根気強さ、また大阪という土地柄もあるのだろう、彼らによって虚実とりまぜ断片的に語られるピースを丁寧にはめてゆくことで、徐々に明らかになっていくその実態、そこに働く人々の事情、延いてはその人生は衝撃だ。
女性として本書を読むとき、ストレス発散なのか、擬似恋愛なのか、単なる遊びなのか、理由はともあれおおよそ排泄行為として以上の性が行えるとは思えない20分に一万円という対価を払う男性の気持ち(というよりは生理というべきか)はとうてい理解できないし、売春自体も決して肯定されるべきものではないとは思う。だがそうした世界とはとりあえず無縁でいられる者がきれいごとを並べて斬り捨てるだけではすまない「現実」が確かにここには存在するのだ。
飛田という街の印象から生まれた嫌悪感をもう一度見つめなおしてみる。倫理的、衛生的に違いはあるにしても男と女がいる限り、その間で行われる行為自体は、飛田の料亭であろうが夫婦の寝室であろうが変わるものではないだろう。売春という行為も非合法であるにもかかわらず、全国の歓楽地、ましてやネットの世界を通じて無くなってはいないことは想像できる。だから飛田だけを取り上げて云々というのは違うのかもしれない。
だが飛田の料亭の玄関に置かれているのは人形などではない。生きた女性、女性である前に人間だ。今のこの世の中になお、人が商品として堂々と店頭に置かれているということ、ましてやそれが軒並みにだ。一番の嫌悪感はそこにあったように思う。




ここのところ踊りに現を抜かして、本が読めておりません。(^_^;)
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この書評へのコメント
- そのじつ2014-05-11 22:05
飛田ではないのですが「昔はきれいで可愛い子で、お客さんが途切れなかったんだよね」と今も客引きをして歩く高年期の女性を指して語られるのを聞いたことがあります。
そうした人は道端で寝ていることもあったりして、生活保護も受けていないもようです。
(生活保護を受けるには住所が定まっておらねばならず、緊急避難的に受け入れる共同住宅などもあるようですが、水があわずに自ら出てきてしまう人も居るようです)
そうやって路上で亡くなった方も最近いました。
この世界に入った理由や現在の暮らしぶりにはひとりびとり違った人生があるのでしょう。早くやめたいひと、もうこれしか生きる術がないひと。
前述の話をしたひとが「(生活保護で働かず遊んでいるひとも居る一方)自分で食い扶持を稼いでるんだからエラいよね」と言っていて、複雑な気分になりました。
私もよみかさんのように、割り切れずにいるひとりです。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - よみか2014-05-11 22:57
>そのじつさん
>この世界に入った理由や現在の暮らしぶりにはひとりびとり違った人生があるのでしょう。早くやめたいひと、もうこれしか生きる術がないひと。
おっしゃる通りで、本書でもそういう方々の事情も紹介されていました。
以前読んだ本に、「一人で子供を育て生きていくために、そういう道を選ばざるを得なかった母親を非合法だからと切捨てることができるか」という問いかけがあって、単純に答えが出せなかったことを思い出します。
問題の根が社会のもっと深いところにあるのではという葛藤は本書からも伝わってきます。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 コメントするには、ログインしてください。
- 出版社:筑摩書房
- ページ数:302
- ISBN:9784480818317
- 発売日:2011年10月22日
- 価格:2100円
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