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mono sashi
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九州の100冊シリーズ② ~佐賀県・安本末子~ 昭和二十年代末、小学三年生の安本末子さんが、両親が亡くなってから一年半あまりの生活を綴った日記です。

※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

「にあんちゃん」は、昭和二十年代末、小学三年生の安本末子さんが、両親が亡くなってから一年半あまりの生活を綴った日記です。昭和三十三年に出版されてベストセラーとなり、今村昌平監督によって映画化もされました。安本家は人口四千人ほどの佐賀県・大鶴鉱業所のある炭鉱町に暮らしていますが、病で両親を亡くしたことから、長兄の東石さん(二十歳)が一家を支える、きびしい生活を強いられています。

臨時雇員として炭鉱で働く東石さんは、在日朝鮮人であることを理由に人なみの賃金を得られず、学校に通う子どもたちの、食事代、教科書代を支払うこともままなりません。末子さんはボロ服をまとい、学校にお弁当を持参できない日も少なくないのです。そんな苦しい生活にあって、末子さんは周囲への感謝のこころと、いたわりの心を忘れることなく、いつまでも四人で暮らせることを願っています。レビューは本書にならい日記形式で綴っていきます。


●――五月九日 水曜日 くもり――●

半分ほど読み進めました。末子さんは満足に食事をとれないせいか、体調を崩しやすく、自分の生い立ちに負い目を感じています。貧しい環境が末子さんの性格に影をおとしているのです。それでも我慢強く、気だてのよい、家族思いの、彼女の性格は際だっています。四月八日の日記に印象的なエピソードがありました。学校に通う末子さんと高一くん(次男・にあんちゃん)のどちらか一方が、弁当を持参する決まりになっていました。当日は妹の末子さんがお弁当を持参する日だったようです。

ところが、お昼の時間になってもお弁当には手をつけず、「私がひもじいなら、にあんちゃんだってひもじいだろう」とおもんばかって、お弁当を高一くんのいる教室へ届けにいくのです。(兄妹のやりとりは翌日にも続きます)。人の痛みや辛さを我が事のように受けとめる末子さんの行動を思うと切なくなります。その思いやりとやさしさは、亡くなったお父さんにも向けられます。庭の隅に、花畑をつくろうとする、五月二十四日の日記です。

私が、なぜ花のせわをするのかといえば、私の手で美しい花をさかせ、その花を一どでもよいから、「お父さん」にあげてみたいのです。そうしたら、死んでいても、きっとよろこんでくださると思うのです。/ 美しい花を、たくさん「お父さん」の前にならべ、「お父さん」を明るくかざってやりたいと思ったからです。/ いまは、たった、きくの花一つしかうえていませんが、うちを花畑にしようと思っています。どりょくすれば、きっと、うつくしい花畑になると思います。

末子さんのひたむきな気持ちが心に染みます。しかしながら、日記には辛い暮らしぶりのみが綴られているわけではありません。等身大の日々をいっぱいに受けとめる、少女の心の動きが鮮やかに記されてもいるのです。学校へ行くこと、友達と遊ぶこと、家族と暮らすこと、いまでは当たり前のように感じられる日常が、それを許されない末子さんにとって、どれほど喜ばしく心がはずむ出来事だったのか、その様子がありありと迫ってくるのです。謙虚で率直な少女のことばが、いきいきと読み手の胸に流れこんでくるのです。ふと、目をあげると、午前中、空をおおっていた雲から陽が差し込んできました。


●――五月十日 木曜日 晴れ――●

第二部を読み終えました。末子さんは小学五年生になりました。後半になるにつれて、一家の現状は過酷さを増し、終始、息苦しさにおそわれます。長男の東石さんが、炭鉱の臨時雇員をクビになってからは、上の兄妹は町を離れ、一家は別々に暮らすことになりました。次男のにあんちゃんまで、夏休みにはアルバイトに精を出し、上京を決意させるほど追い詰められていきます。残された末子さんは、炭鉱長屋、炭焼き小屋へ住まいを変えながら、かろうじて学校へ通っています。一家の生活は坂を転げ落ちるように悪化の一途をたどったのです。

つらい内容がつづく後半部ですが、末子さんの明るい心境がいきいきとのぞくところがあります。それは本書が出版されたことにも関係する日記帳のエピソードです。級友の子から、日記を見せてほしいと伝えられた末子さんは、憧れの子から気持ちを打ち明けられたことに、言い知れない感動におそわれ、嬉しさがこみあげてきたと綴っています。末子さんのほころぶ顔がいまにも浮かんでくるようです。同様に、忘れられないエピソードとして挙げるのが、三月六日の日記に綴られた先生とのやりとりです。

一時間目がはじまりかけているとき、先生があかるい笑顔で、「はい、安本さん、日記帳のプレゼント」といってくださいました。うれしさで、なにもいえないくらいでした。ただ、「ありがとうございました」とこたえただけでした。/「安本さんは、一日もきらさず日記をかいておられます。先生も感心しました」とほめてくださいました。百五十円という、りっぱな帳面を、見るのは初めてです。うれしさで、胸がおどりまくっています。わくわくする胸をおさえて帰りました。

この箇所を読んで、本が出版された経緯に思いをめぐらせました。末子さんが人知れずつけていた日記は、先生をはじめ、お兄さん、級友たちと、輪をひろげて、読んだ者をいちように感動させたのです。私もそのひとりにほかなりません。日記とは本来、ごく個人的な、ささやかないとなみに属するもののはずです。それが思わぬかたちで、人と人とを結びつけ、次第に広がりをみせ、一冊の本となって、多くの人を感動させるに至ったのです。

いやむしろ、日記という個人的な記録だからこそ、多くの人が少女と同じ眼となり、耳となって、その現実を目の当たりにしたのです。日本の片隅に住む少女の現実を見出したのです。後年、幸いなことに、彼女が一心に願っていた家族四人での生活が叶うことになりました。結果的に、少女はことばの力で現実を乗り越えてみせたのです。見過ごしてはならないのは、手を差し伸べた周囲の人々の支援と、解説にあるように、実名で発表したことによって傷ついた人がいたことでしょう。

この日記が素晴らしいのは、少女がまっとうに「喜ぶべきを喜び、悲しむべくを悲しむ」(東石さんのまえがきより)日々を受けとめたその軌跡が、読み手の胸に吹き込んでくるところにあります。すっかり長くなりました。このあたりで打ちどめにします。
(了)
  

BGM情報♪ GARNET CROW 「Mysterious Eyes」 執筆快適度★★★(三点満点)

~九州の100冊シリーズ~
①長崎県・野呂邦暢「鳥たちの河口」
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mono sashi
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ごめんちゃい。
(2019/11/16)

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