Yasuhiroさん
レビュアー:
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阪神淡路大震災で壊れる前の、もう二度と戻らない世界: 少女が芦屋の大邸宅で、コビトカバに乗って登校する従妹ミーナと過ごした一年。暖かくて、切ない、喪失とそこから成長していく二人の物語
小川洋子の未読だった一冊。泣くに決まっているからなかなか手に取れませんでした。我々阪神間に住む者にとっては、大震災以前の時代は、もう泣きたくなるほどに、もう二度と手に入れられない宝物のように、損なわれ喪われてしまった世界だからです。それがこの本の中に詰まっていました。やっぱり泣いてしまいました。
時はミュンヘンオリンピックのあった1972年。小学校を卒業し、母と離れて芦屋の伯母夫婦のもとから中学に通うことになった朋子。新神戸駅に迎えに来てくれたのは日独ハーフの素敵な伯父さん、そして初めて見るベンツ。そして着いたのは夢のようなスパニッシュ様式の大邸宅、そう、伯父さんはフレッシーという清涼飲料水メーカーの社長なのでした。伯父、伯母、ドイツ人の祖母、そして喘息の持病をかかえる病弱だけど聡明な従妹ミーナ、家事全般を取り仕切る米田さん、庭園管理の小林さん、そして、ポチ子。
ポチ子はなんと、コビトカバ。伯父さんの10歳の誕生日にリベリアからやってきたのです。その頃お屋敷の庭はちょっとした動物園になっていましたが、朋子がやって来た時にはもうポチ子だけになっていました。
体の弱いミーナは排気ガスも悪いからと言う理由で、ポチ子に乗って、小林さんが誘導して毎日小学校へ通います。これが「ミーナの行進」。なんせ、ベンツの10倍の値段で購入したのですから、とっても贅沢な乗り物なのです。
もうこの導入部だけで懐かしいものがいっぱい。まずこの大邸宅はおそらくヴォーリズが設計したさる有名な実在した大邸宅、そして「フレッシー」はあきらかにプラッシー(ミカンの搾りかすが入っていました、当時は武田製薬の子会社武田食品製造)、朋子が名前に驚く「乳ボーロ」(関西だけの名前だとは知りませんでした)、そして芦屋川にかかる「開森橋」(もう新しく架け替えられています)、わざわざ大邸宅へやってくる六甲山ホテルのシェフ、そしてミーナが入院する御影の山の手に立つ甲南病院(現存していますが全面建て替えに入っています)、ついでにこれは全国共通ですが、基礎英語のマーシャ・クラッカワ先生(私も聴いていました)!
私もこの数年後に田舎から神戸にやってきました。もちろん大邸宅なんかには住めなかったけれど、朋子の不安な気持ちと毎日が新鮮な驚きであった日々がなんとなくわかる気がします。
そしてそこから小川洋子は、彼女独特のディテイル描写で朋子とミーナの友情、そしてこの大邸宅と言う小世界の外に垣間見える「決して綺麗ごとだけではない大人の世界」を描いていきます。
まず朋子とミーナのディテイルには、「本」、「マッチ箱の意匠」とそこから紡がれるミーナの空想物語、「こっくりさん」、ミーナが憧れる「水曜日のお兄さん」、朋子が憧れる図書館の「とっくり」のお兄さん、バレーボールの猫田と森田、やってこなかった「ジャコビニ流星雨」など。
そして大人の世界には、いつも寂しそうでひたすら誤植を見つけては投書する伯母さんと明るくてとってもいい人なのに何日も帰ってこない伯父さん、ドイツ人の御祖母さんの双子の姉のナチス収容所での死、川端康成の自殺、そしてオリンピック史上最悪のテロ事件。
夢のように一年は過ぎていき、一日だけの冒険で伯父さんの秘密もなんとなくわかり、山火事の日に起こった辛すぎる別れも経験し、図書館のとっくりのお兄さんに図書カードは返す必要はない、
と言う言葉をもらい、最後にミーナから
懐かしさと、暖かさと、そこに潜む影と、そして切なさと喪失感と、喪ったものを糧として成長していく少女二人の物語。ひと言、素晴らしかったです。
そう言えば本作は谷崎潤一郎賞を受賞したそうですが、「細雪」ゆかりの開森橋の取り持つ縁だったのかもしれませんね。
時はミュンヘンオリンピックのあった1972年。小学校を卒業し、母と離れて芦屋の伯母夫婦のもとから中学に通うことになった朋子。新神戸駅に迎えに来てくれたのは日独ハーフの素敵な伯父さん、そして初めて見るベンツ。そして着いたのは夢のようなスパニッシュ様式の大邸宅、そう、伯父さんはフレッシーという清涼飲料水メーカーの社長なのでした。伯父、伯母、ドイツ人の祖母、そして喘息の持病をかかえる病弱だけど聡明な従妹ミーナ、家事全般を取り仕切る米田さん、庭園管理の小林さん、そして、ポチ子。
ポチ子はなんと、コビトカバ。伯父さんの10歳の誕生日にリベリアからやってきたのです。その頃お屋敷の庭はちょっとした動物園になっていましたが、朋子がやって来た時にはもうポチ子だけになっていました。
体の弱いミーナは排気ガスも悪いからと言う理由で、ポチ子に乗って、小林さんが誘導して毎日小学校へ通います。これが「ミーナの行進」。なんせ、ベンツの10倍の値段で購入したのですから、とっても贅沢な乗り物なのです。
もうこの導入部だけで懐かしいものがいっぱい。まずこの大邸宅はおそらくヴォーリズが設計したさる有名な実在した大邸宅、そして「フレッシー」はあきらかにプラッシー(ミカンの搾りかすが入っていました、当時は武田製薬の子会社武田食品製造)、朋子が名前に驚く「乳ボーロ」(関西だけの名前だとは知りませんでした)、そして芦屋川にかかる「開森橋」(もう新しく架け替えられています)、わざわざ大邸宅へやってくる六甲山ホテルのシェフ、そしてミーナが入院する御影の山の手に立つ甲南病院(現存していますが全面建て替えに入っています)、ついでにこれは全国共通ですが、基礎英語のマーシャ・クラッカワ先生(私も聴いていました)!
私もこの数年後に田舎から神戸にやってきました。もちろん大邸宅なんかには住めなかったけれど、朋子の不安な気持ちと毎日が新鮮な驚きであった日々がなんとなくわかる気がします。
そしてそこから小川洋子は、彼女独特のディテイル描写で朋子とミーナの友情、そしてこの大邸宅と言う小世界の外に垣間見える「決して綺麗ごとだけではない大人の世界」を描いていきます。
まず朋子とミーナのディテイルには、「本」、「マッチ箱の意匠」とそこから紡がれるミーナの空想物語、「こっくりさん」、ミーナが憧れる「水曜日のお兄さん」、朋子が憧れる図書館の「とっくり」のお兄さん、バレーボールの猫田と森田、やってこなかった「ジャコビニ流星雨」など。
そして大人の世界には、いつも寂しそうでひたすら誤植を見つけては投書する伯母さんと明るくてとってもいい人なのに何日も帰ってこない伯父さん、ドイツ人の御祖母さんの双子の姉のナチス収容所での死、川端康成の自殺、そしてオリンピック史上最悪のテロ事件。
夢のように一年は過ぎていき、一日だけの冒険で伯父さんの秘密もなんとなくわかり、山火事の日に起こった辛すぎる別れも経験し、図書館のとっくりのお兄さんに図書カードは返す必要はない、
「何の本を読んだかは、どう生きたかの証明でもあるんや。これは君のもの。」
と言う言葉をもらい、最後にミーナから
ガラス瓶に流れ星を集める少女のシリーズの二つのマッチ箱と、ミーナが作った物語をもらい、母と岡山へ帰ります。
懐かしさと、暖かさと、そこに潜む影と、そして切なさと喪失感と、喪ったものを糧として成長していく少女二人の物語。ひと言、素晴らしかったです。
そう言えば本作は谷崎潤一郎賞を受賞したそうですが、「細雪」ゆかりの開森橋の取り持つ縁だったのかもしれませんね。
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馬鹿馬鹿しくなったので退会しました。2021/10/8
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- 出版社:中央公論新社
- ページ数:348
- ISBN:9784122051584
- 発売日:2009年06月01日
- 価格:720円
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