サリンジャーといえば、大半の人がライ麦畑でつかまえての作家さんと
即答するでしょう。ところが、著者の長篇はライ麦畑の一冊しかなく、
あとは中短篇ばかりなんですね。
有名な短篇集にナイン・ストーリーズがあり、その中のフラニーとズーイは
書評もよく目にします。
訳者あとがきによると、サリンジャーの作品は二種類の分けられるとのこと。
コーンフィールド家とグラース家にまつわる作品群と、それ以外です。
前者はナイン・ストーリーズ。この短篇集は後者です。
著者が二十代で書いた初期の作品が収録されています。
八篇の短篇と、一篇の中篇があります。
著者は第二次世界大戦でノルマンディー上陸作戦に従軍した経験があり、
軍を題材にした作品もあります。
一話目は表題作で、彼女の思い出ですが、非常に印象的な作品でした。
モラトリアムの雰囲気がある作品で、著者らしいと思ったのです。
主人公のおれは大学一年生で、成績がふるわず、しかも大学から直接両親に
成績が伝えられてしまうのです。
明日から、うちの会社で働けという父親。
しかしおれは、父親の共同経営者はいい顔をしないことを知っていて、
違う結果を思い描きます。
数週間後、おれはヨーロッパに向けて出港していました。
ウイーンに行き、毎日三時間ドイツ語の授業を受けることになったのです。
お金持ちのボンボンが、世間にとけこめずにわがまましているようにしか
みえません。こういう甘ったれ感に、独特に魅力を感じるんですね。
おれがアパートにいると、突然歌が聞こえてきました。
驚いてバルコニーで下の階を覗くと、女の子が目に入りました。
リーアとの出会いです。
おれはリーアからドイツ語を、リーアはおれから英語をという関係が続きます。
友達以上、恋人未満。
しかしヒトラーの軍隊がウイーンに侵攻し、
世界ががらりと変わるという物語です。
行間から、こころの動きがにじみ出ている作品で、素晴らしいと思いましたね。
寂しさ、せつなさ、やるせなさ。
そして自分のこころはどこにあるのかとさまよう、そんな作品です。
ブルー・メロディという作品も、ものすごくこころに爪あとを残しました。
ワンフレーズでも書くとネタバレになりそうなので、
すみませんがお楽しみということで。
最後に、逆さまの森から。
訳者のあとがきにも書かれているのですが、わたしもまったく同じところが
深く刺さりました。メモに残しておきます。
抜粋なので、もし何かこころに届きましたら、読んでみて下さい。
「ミス・クロフト、きみは詩人じゃない。
きみの言葉が耳障りだからでもなければ、比喩表現が陳腐だったり、
不適切だったりするからでもなければ、シンプルに書こうとする
いくつかの試みがうわべだけのものだから、
読んでいて頭痛がするからでもない。そういうことはたまにあるからね」
「発明の才能はあると思う」その声に責めるような調子はまったくない。
「詩人は詩を発明しない ────── 発見するんだ」
「ぼくは、発明というやつが気に障ってしょうがない」
創作とは何か、サリンジャーがどう考えているかが伝わりました。
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