日本人の母親と中国人の父親を持つ鄭成功には、平戸の母親の実家を継いだ弟田川七左衛門がいた。鄭成功の船は平戸に荷を運び、弟がそれを売りさばいて兄を支えた。他に、平戸の海運業者で代官だった末次平左衛門も鄭成功を後押し援助していた。そうやって、鄭成功の名は平戸から日本中に広まっていった。
日本人は、日本人の血をひく鄭成功が大陸や広大な海を舞台にした活躍を小気味よく思い、応援していたようだ。余談だが、山本周五郎の『樅の木は残った』にも、その時代を映すものとして、「大陸では鄭成功なる人物が活躍しているらしい」という会話が挟み込まれたりしている。
近松門左衛門がこういった日本人の鄭成功びいきに目をつけて『国性爺合戦』を書いたのは、作者63歳の正徳5年で、11月15日から大阪道頓堀の竹本座で上演され、その後3年越し17ヶ月にも渡って興行を続ける人気作となった。
近松の描く『国性爺合戦』では、鄭成功の父親鄭芝龍はずっと日本の平戸で暮らしていて、明の帝が殺され妹である姫が日本に流れ着いて国姓爺一家に助けを求めたことから、一家総出で中国に向かい明の再建を果たす。
何といっても話の中心は大陸で大活躍した英雄が日本人の血を引く混血児だということにある。観客は活躍する英雄が自分たちと同属であることに誇りを感じ、彼を応援し、彼の活躍に一喜一憂することになる。そこで近松は、さらに日本の神に国姓爺を後押しさせ、国姓爺を超人的でありながら直情径行の正義感を持つ好人物に仕立て上げた。住吉大明神の老一官夫婦への瑞兆、明に向かう国姓爺一行の渡航の無事、伊勢神宮のお札による虎退治など、日本人からすれば、胸のすくような内容が次から次へと盛り込まれている。
その一方で、中国風を出すために、中国の詩歌や戦国策の有名な「漁夫の利」を引用したり、玄宗皇帝と楊貴妃の故事を踏まえた設定をしたりといった工夫を凝らしている。観客たちは、これまでに見慣れた世話物や時代物とは違ったスケールの大きさを感じたことだろう。人々が何に関心を持っているかを機敏に察知し、それをもとに誰もが喜ぶような話を作ってしまうことのできた近松門左衛門、本当に凄い人だと思う。
この書評へのコメント