我孫子武丸作「殺戮にいたる病」を読みました。1992年に刊行されたこのミステリを連れにおすすめしたのは何と連れの子飼いのChatGPTであります。AIがすすめるミステリはいかなるものでありましたか。。。
【エピローグ】蒲生稔は逮捕の際まったく抵抗しませんでした。稔は一度だけ振り返り、雅子は自分に何か言葉をかけてもらえるのかと思って稔を見ましたが、稔が見ていたのは自分が殺した死体でした。警官は思わず本当にお前が殺したのかと聞き、稔は肯きました。その後の取り調べで稔は自分が犯した6件の殺人と1件の未遂事件について淡々と自白し、死刑判決を受けました。。。
ある時から蒲生雅子は自分の息子が犯罪者なのではないかと疑い始めました。彼女は20歳で結婚し、1男1女をもうけ、経済的に不自由のない暮らしをしていましたが、夫との生活に幸福を感じたことは一度もありませんでした。夫は子育てに無関心で、家庭の温かみは欠けていました。雅子は息子を溺愛し、彼の生活の隅々まで支配するように干渉していました。
一方、稔が初めて人を殺したのは前年の10月でした。稔はずっと自分が他人と違うことを感じていました。性的欲求が欠如しており、女性に触れても何も感じませんでしたが、ある女子大生に対して突如として激しい衝動を覚えました。稔はその衝動に従って彼女をラブホテルに誘い、絞殺しました。そして死体を犯した瞬間、初めてセックスとは殺人の寓意であると悟ったのでした。しかしまだ何故自分が彼女に欲情したかは不明でした。
元刑事の64歳樋口は病院に薬を貰いに来ていました。実はその前年、樋口の妻は乳がんで亡くなり、孤独に蝕まれて退職していました。待合室で樋口はテレビで流れる猟奇殺人事件のニュースを呆然と見ていました。17歳の家出少女が絞殺され、両乳房が切り取られていたのでした。。。
雅子は息子のよそよそしさを恋愛の兆候だと勘違いしていましたが、連続猟奇殺人事件の2件目が起きた日、雅子は深夜こっそり帰宅した息子の部屋のゴミ箱から血が付いたビニール袋を見つけ、震え上がりました。母の疑念は現実のものとなったのでした。
樋口の元を元部下野本が訪れ、島木敏子を知っているかと尋ね、樋口はぎょっとしました。実は敏子は元妻が入院していた病院の看護師でしたが、妻を亡くした樋口を気遣って時々家を訪れ、料理をし、話し相手になっていたのでした。その敏子が、ホテルで絞殺され乳房を切り取られていたのです。樋口は動揺しながらも、事件の容疑を晴らしましたが、心の底に重い罪悪感が沈みました。
一方の雅子は息子の部屋を探り続け、再び血痕のある袋を見つけます。彼女の不安は狂気の域に達しつつありました。
樋口は敏子の実家を弔問に訪れましたが、母親に追い返されました。敏子の妹かおるが樋口を追いかけて来、姉の想いを知っていたと語り、姉を愛していたのかと詰め寄ります。樋口は否定しましたが、心の奥で自分こそ敏子を死に追いやったのではないかという自責に苛まれていました。
初めて女を殺した翌日、稔は大学を休みました。母親が大学はどうしたと聞きましたが、稔は風邪っぽいから休んだと言い、次の瞬間テレビに池袋のホテルで女性の死体発見というニュースが流れ、稔は喜びに震えて何度も射精しました。しかし殺人によってもたらされた喜びは記憶が薄れると共に減衰し、稔は我慢できなくなって新宿で女を探しました。家出少女が声を掛けて来、稔は彼女をホテルに誘い、また絞殺しました。
実は樋口は敏子の気持ちに気づいていましたが、彼女を受け入れませんでした。失望した敏子は樋口の家を出て六本木でタクシーを降り、そこで殺人犯と出会ったのでした。しかしマスコミは樋口の事を嗅ぎ付け、自宅に多数の記者が突撃し、樋口の顔写真が新聞に載りました。。。
衰弱して倒れた樋口を看病したのはかおるでした。かおるは、姉とそっくりな自分が囮になって犯人をおびき寄せるから協力してくれと樋口に頼み、樋口は警察に任せろと言いましたが、姉を殺した自分にはこれしか償う道が無いとかおるは泣きました。。。実はかおるは敏子に。。。
一方稔は、愛の形を永遠に保ちたいと願い、殺した女の乳房を切り取って持ち帰り、自分の胸に貼りつけて陶酔しました。血の匂いと腐敗の中で、彼の現実感は壊れていきました。
退院した樋口は退院し、かおると共に犯人を追いました。事件は横浜でも発生し、樋口は犯人像を、20歳から30歳くらいの一見して大人しく、ごく普通の様子をした独身男だろうと推理しました。
稔は腐敗した乳房を庭に埋め、時々掘り出して愛でました。しかし乳房は腐り果て、次の愛を探すしかないと稔は思いました。次は死体をビデオに収めようと稔は思い、機材を用意しました。新たな獲物を六本木で見つけました。彼女は泣きながら泥酔し、Mirror on ther Wallというバーに入りました。稔は蒲生稔と名乗って彼女に話しかけました。彼女は看護婦だと言い、自らの破局に終わった結婚やその後の男性不信の長い日々、そして知り合った30歳以上も年上の男に振られた話をしました。
稔は泥酔して眠り込んだ彼女を青山のラブホに連れ込み、ビデオカメラをセットしてヒグチさんと呟く彼女の中に射精して絞殺しました。今回コンドームをしていなかった稔は、自分の精液が検出されるのを恐れて彼女の乳房に加えて女性器を切り取りました。
樋口は旧知の精神科医竹田を訪れ、3件の事件について竹田が知っていた事件の詳細を聞き出しました。竹田は過去の猟奇殺人者のプロファイルを語り、犯人は生きた女とは性交できないインポテンツの死体愛好者だと言いました。。。
稔は撮影したビデオを見ながら自慰に耽っていました。彼の性的嗜癖の根底には、若く美しかった母への倒錯的な執着がありました。幼い頃、母の裸を見て感じた憧れと罪悪感、そして父親への憎悪が彼を歪めていったのです。
母さんの様子が変だと稔は気づきました。実はビデオを見ている最中に母親が部屋のドアを叩いた事があったのでした。稔はそろそろ女を殺したいと思い、夜ごと白いカローラを乗り回して女を探しました。ある時これはという女を見かけて彼女に話しかけました。彼女は横浜にドライブに行こうと言い、稔は彼女を殺しました。。。
警察は犯行に使われたと思しき白い車を捜索していました。ある日警官が雅子の家を訪れ、家の白いカローラについて質問しました。思い余った雅子は息子の部屋に入り、息子が何かのビデオを見ていた事を知りました。息子は怒り、雅子を突き飛ばして部屋に鍵を掛けました。
稔は夢の中で子供に戻って押し入れに隠れ、母の寝姿を見つめるうち、抑えきれない欲望に支配されます。母への性的衝動と罪悪感の入り混じった夢から目覚めると、彼は自分の「理想の女」が母であることを悟ります。
ふと庭を掘り返してみるとある筈の2つの袋が無くなっていました。敏子は蘇ったのだ、自分が殺したというのは妄想だったのだと稔は喜び。。。稔は意を決してMirror on the Wall へ行きました。そしてそこにいた彼女に声を掛けました。。。
雅子は息子がビデオを見ていた事に衝撃を受けていました。息子が連続猟奇殺人の犯人に間違いなかったのでした。蒲生家は破滅だと雅子は思い。。。そんな中、雅子は深夜誰かが袋様の物を持って忍び歩いているのに気づきました。翌朝玄関に庭の土がこぼれているのを見た雅子は、庭に何かが埋められているのだと気づき、庭を掘り返しました。そこに袋を見つけた雅子はその袋を開き。。。
樋口達はさまざまな店を巡り、ある店でバーテンが、この前もその席にお座りでしたねとかおるに話しかけました。樋口はバーテンを尋問し、バーテンはかおるが前もその席に座り、男に声を掛けられて出て行った、男は大学院生の蒲生某と名乗ったと言いました。
樋口は野本に情報を提供し、野本から似顔絵を貰いました。樋口は毎回調査の終わりにかおるとMirror on the Wallを訪れ、互いに身の上を打ち明け合いました。かおるは樋口は自分達の父親に似ているのだと言い、姉の代わりに抱いてくれと頼みましたが、樋口は断って去りました。蒲生が現れたのはその直後でした。蒲生は素敵な所に行こうとかおるを誘い、かおるは応じました。
一方悪い予感がした樋口が店に戻ろうとすると、中年女がこの辺で殺人事件があったホテルはどこかと不思議な事を尋ねました。それは息子を尾行していた雅子でした。店に戻るとかおるは男と出て行ったとバーテンが言い、樋口は2人を追いましたが、パトカーのサイレンが聞こえ、樋口は。。。
初回読み終わって物凄いミステリだと感激しました。登場人物を巡る叙述トリックが炸裂し、最後のどんでん返しは恐るべき出来栄えです。若く美しかった母親に懸想した息子は母に拒まれ、父親にも否定されてアイデンティティ―を失い、死を以て乳房と女性器を得、母親になり替わろうと苦しみます。しかし彼はついにある者に阻まれ、物語は悲劇に終わります。
しかしレビューを書く為に2度読みすると、雅子が息子の犯行を疑う最初のプロットの時点でだいぶ無理があるなと思いました。血が付いた袋を母親に片づけさせるだけでも言語道断なのに、血が溜まった袋を部屋に置いておくなどありえないと思います。腐って匂いますでしょうに。。。しかしこのミステリが33年間読まれ続けているというのもまた物凄い事ですね。なかなかの作品であったと思いました。
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