下巻に入り、水戸藩主となった光圀のその後が描かれます。
あ、この『光圀』という文字、もともとは『光國』だったのですね。
途中で改名というか、事実上書き方を改めたのだそうです。
『國』という字は惑うに通じるということで、国構えの中に『八方』と書く文字(創られた文字だそうです)を用いるようになったのだとか。
そういうエピソードも交えながら、善政を敷く光圀の生涯が描かれていきます。
もちろん、光圀の業績として名高い『大日本史』編纂のくだりも多く描かれていきます。
そうそう、日本で始めてラーメンを食べた男、光圀ですが、そのエピソードも盛り込まれていますよ。
下巻に入っても相変わらずページをめくらせる作品なのですが、ややそのスピードが鈍ったところもありました。
というのは、とにかく光圀の周囲の者が死にまくるのです。
それは病死であったり、寿命を全うしての死なのですが、志を同じくした仲間、師と仰いだ者、近親の者、とにかく死にまくります。
作中で著者は光圀の口を借りて、自分は葬儀ばかりしていると言わしめていますが、まさにその通りと思えるほど死にまくります。
ですから、下巻に入ってしばらくの間、この『死にまくり』が延々と続いてしまい、ここはやや読んでいて停滞気味になってしまいました。
光圀という人は、自分の周りの人々の死を目の当たりにし、それを送る役割を振られた人だったのですかね。
さて、冲方丁の時代物の作品と言えば『天地明察』が思い浮かびますが、あの作品にも水戸光圀は登場していました。
実は、本作でもその裏返しのようにして、『天地明察』に関するくだりが顔を出すのですよ。
既に『天地明察』を読んでいた読者にはちょっと懐かしく思える仕掛けかもしれません。
また、本作の冒頭で、光圀が水戸藩の大老を手打ちにするシーンが描かれます。
これがどういう意味だったのかは下巻の最後で明らかになるのですね。
また、その手打ちに用いた方法は、上巻で描かれていた、光圀と宮本武蔵との出会いで光圀が会得していた方法なのでした。
これも作品を一貫して流れる『義』とは何かという光圀自身の問いかけに対する光圀としての答ということなのでしょう。
下巻に入り、やや勢いが減じた感もありましたが、上下巻通して楽しく読むことができました。
娯楽作品として楽しむには十分な作品ではないでしょうか。
読了時間メーター
□□□ 普通(1~2日あれば読める)
『光圀伝』(上)
『天地明察』(上)
『天地明察』(下)
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