景勝地として人気の高い桂川渓谷で発見された幼児の死体。殺人事件の容疑者として逮捕されたのは、渓谷近隣の寂れた市営団地に暮らす幼児の母親 立花里美だった。里美は取り調べで、隣家に住む尾崎俊介の関与をほのめかす。母子家庭の母 里美と俊介に男女の関係があったというのだ。全く身に覚ええのない俊介だったが、無実を知っているはずの妻かなこ は、二人の関係を認める発言をしてしまう。
戸惑う俊介だが、なぜか警察の取り調べで里美とかなこの証言が真実であると語り始めるのだった。俊介の行動に疑問を抱いた週刊誌記者 渡辺事件は、事件の背景を探るうちに、尾崎夫妻の隠された過去に気がついていく ・・・
本作品は、殺人事件そのものをテーマとするミステリとは違う。事件は、俊介とかなこの凍りついたような不可思議な関係が、動き出すきっかけにすぎない。心を抉るような愛憎のものがたりなのだ。湿度が少ないながら、がっちりと気持ちをつかまれてしまうのが、吉田修一さんの恋愛小説。本作品も、ひとつの愛のかたちを提示する恋愛小説なのである。
過去の悲惨な出来事から抜け出せない俊介とかなこ。俊介とかなこがそれでも二人でいる理由、だからこそ離れられない理由は、読み手に大きくのしかかってくる。赦されたいけれど、それは別れを意味する。赦したいけれど、赦すと自分を見失ってしまう。二人の思いが交差する地点で、むねがアツくなってしまう。
哀しみや憎しみから出発する愛もある。そしてそれは真実の愛に辿り着くのかもしれない。現実的かどうかは別として、僕にとって深い感銘を残したのは確かである。
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