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ゆうちゃん
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夫に不満な新婚の妻レベッカはハーレー・ダヴィッドソンでハイデルベルクの恋人ダニエルに会いに行く。その途中での彼女の四つの回想場面が挟まる。疾走感、躍動感と同時に幻想的でもある不思議な印象の小説。
こちらもラジオドラマで知った作品。本書を読んで検索するまで知らなかったが映画(邦題:あの胸にもう一度)もあるようだ。

レベッカは、地歴教師レーモン・ニュイ(ニュイは無能の意味)の新妻。フランスのドイツ国境に近い町アグノーに住む。ある早朝に目覚め、夫を寝床に残し、パンティだけを履いてその上はレーサー服、頭巾に眼鏡と言う恰好で、ハーレー・ダヴィッドソンに乗って家を出る。金も時計も持たずに、まさに体ひとつでの出発だった。ドイツ国境をはさんで比較的に近くのハイデルベルクに住む恋人のダニエル・リオナールに会いに行こうと思ったのだ。このハーレーもダニエルの結婚祝いの贈り物だった。しかし、暫く進むと、このままではダニエルの朝食の席に闖入することになると気づいた。最初はアグノーから少し進んだ場所の林のベンチで休んだ。そして12日前、仕事で夫が出かけた後、同じようにダニエルのところに向かったことを回想する。その回想もオートバイを先頭とした軍隊の騒がしい行進で中断する。
次に、オートバイを走らせながら回想する。結婚前、レーモンとレベッカ、レベッカの同級生カトリーヌと彼女を慕う兄弟5人でジュネーヴ近郊にスキーに行った時のことだ。その晩、暗闇の中、レベッカの部屋に侵入して彼女を犯した男が居た。男の感触があった時、どちらかと言えば冷淡なレーモンが積極的になったことに喜んだ。しかし、レベッカは相手がレーモンではないとわかっても、なすがままにされた。「レベッカは恋人になる男の手の中で生まれ変わるのだと思った(94頁)」。レベッカは、バルコニーから去ってゆくその男がほぼ書店を営む父の上客ダニエルだと確信している。そのスキーの帰り、レベッカは上機嫌だった。
フランス・ドイツ間の税関を通過し(本書は1963年発表で、シェンゲン協定発効前の作品)、申告する現金がたった4マルクしか無いことに戸惑う。現金は無いと言ってもレベッカに一向に無関心な税関吏を後に、暫く進んでカールスルーエのカフェに入った。ここで時刻が朝6時半と知る。朝っぱらから桜桃酒を頼み、店員は驚く。そこでの回想は、ジュネーヴのスキーの2,3週間後、父レニ氏の店の手伝いをしていた時の出来事だった。ダニエルは古書店に現れ、幾つかの本を買った後、結婚を控えたレベッカの顔色が悪いとツーリングに誘ったのだった。ダニエルのオートバイの後ろに乗り彼に掴まってローザンヌの手前の峠に向かう。峠の林の空き地、そして帰りのモーテルでレベッカはダニエルの為すが儘にされた。帰りのモーテルで飲んだのが桜桃酒だった。以後、結婚までこのようなツーリングが繰り返され、またその間にレベッカはダニエルにオートバイの運転法を教授され、結婚前には免許を取得している。
カフェから進んで自動車専用道路に入った。しかし、まだ時間がありそうだ。自動車専用道路の脇の林にある小道を進み、空き地を見つけて寝転がった。この時の回想は、結婚後、最初のダニエルとの逢引だった。電報で呼び出されたレベッカは、レーモンが仕事に行くのを待って、ハーレーでたった25分のストラスブールの薔薇浴場に向かった。その回想が終わると出発し、ハイデルベルクに近づいた。

倒錯的と言うか耽美的と言うか・・。レーモンはレベッカと同世代と言えるが、ダニエルは54歳とされている。その彼の頭髪は薄く、ガウンを羽織るとまるで異教の僧侶のように見えるとされる。レベッカのダニエルに対する態度は服従のみ。しかも、レベッカ自身が短髪のボーイッシュな女性、両性具有のように描写されている。ツーリングするレーサー服一枚の若い女性と言うのも象徴的である。この服装で、オートバイ運転の危うさが強調されている。
巧に運転すると言う外界への配慮と黒革の下は裸体だと言う自分の肉体への自覚の間で彼女の心はふたつに分裂しているように思えた(50頁)。

部屋の描写も、ジュネーヴのホテル、薔薇浴場の内部、モーテルの部屋も非常に耽美的。回想の他、最後の一行まで、至る所で象徴も使われている。
前方にグランド・ピアノのような後尾をした背の低いピカピカした車を見つけレベッカは棺桶を連想した(57頁)。

本書の主題は性だが、死にも通じそうだ。
時間も何かキーになりそうである。全編を通じて時計をして来なかったこの日のレベッカは、時間を知ろうとしていた。だが、回想の中ではなぜか時計が頻繁に登場する(薔薇浴場をはじめ、モーテルの場面など)。
オートバイは移動手段だが、それが実はレベッカの人生観に昇華してゆく。
彼女の生涯で注目に値することはすべてこんな具合に移行の印象で代弁され、思い出の切実さと言う点から判定するならば、今までもまたこれからも彼女は移動物体の状態から絶対に抜け出せないように思われた(124頁)。

そして、ほぼ最後の場面になると、彼女は人生とは小さい最後の連続だと思い至るのである。

現実を描きながらも、回想が多く、幻想的と言う不思議な小説である。実はオートバイの操作も細かく書き込まれており、オートバイの疾走感をよく表している。同時に回想が挟まることで、静かな感じも醸し出されている。動と静の対照も読み手を飽きさせない。ただ、性描写が結構あるので、そういうのが苦手な人にはお勧めできない。
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ゆうちゃん
ゆうちゃん さん本が好き!1級(書評数:1689 件)

神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。

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この書評へのコメント

  1. oldman2022-05-23 21:08

    この話の映画化作品「あの胸にもう一度」原題La Motocycletteは当時のバイク乗りにとって衝撃の映画でした。
    マリアンヌ・フェイスフル演じるレベッカの全裸に黒革のバイクスーツをまとった姿に魅了されたことを映画監督の内藤誠、鈴木則文、井筒和幸らが語っていて、鈴木や井筒は自作にこのファッションを引用を考えたといいますし、ルパン三世の峰不二子のモデルもフェイスフルだと言われています。
    当時はハーレーに乗る日本人もそれほど多くなく、しかもヨーロッパスタイルのネイキッドという姿とラストシーンが衝撃的でした。

  2. ゆうちゃん2022-05-23 22:01

    oldmanさん、コメントありがとうございます。
    本で読んでも、なかなかの衝撃ですから、映画でもさぞインパクトあったと思います。日本の映画監督にも影響したのですね。読んでいて、キャラクターが違うので気付かなかったのですが、峰不二子、確かにそうですね。フェイスフルと同じ金髪で細面です。
    小説の発表年代からすると、バイクも女性ドライバーも、内容も全て破格と言うか、掟破りの小説でした。今度、DVDを探して映画の方も観てみようと思います。

  3. No Image

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