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キャラ立ちが凄まじい作家たちから知る、現代美術の発展の道のり

  • 常識やぶりの天才たちが作った 美術道【Kindle】
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  • 出版社:KADOKAWA
常識やぶりの天才たちが作った 美術道【Kindle】
「アイ ハブ ア ライト」「アイ ハブ ア レモン」「ンーーー!!!!ヨーゼッフ・ボイス!!」「それ面白いの君だけだよ」

美術をテーマにしながらも、ノリと勢いで、元ネタが分からずとも思わず読ませてしまうギャグ漫画をSNSで発表してはバズって人気を博している著者が満を持して描き下ろしたのがこの本。

美術の中でも難解で嫌遠されがちな現代美術がテーマでも、著者らしいノリと勢いもあり思わず読ませてくれる。さらには、実は本職は現代美術家である著者の本領発揮されて解説も実体感がある。

20世紀は工業化が進んで、人間より機械のほうが精巧な物作りが可能になり、さらに大量生産と大量消費の時代となり、美術家たちは自分たちが物を作ったり絵を描いたりする意味を考えるようになった。そして様々な美術家たちが従来の美術界のルールや既成概念を覆す作品を生み出していった。そんな現代美術の発展や考え方を、代表的な作家を辿ることで分かりやすく筋道を立てて解説する。

どの作家たちも強烈な個性が溢れており、さらに著者らしいアレンジもあってキャラ立ちが凄まじい。そんな作家たちに著者のアバター的キャラが体当たりでぶつかり忌憚のない意見で解説してくれる。

特に気になった箇所を要約してみたい。

「美術は見て感じるもの」「作品は作家が作るもの」という美術の常識を覆して、物を作らずに作品の意味(コンセプト)を作ることを提示して、「考えなきゃわからない美術」を始めた現代美術の父であるマルセル・デュシャンを、著者のアバターが諸悪の根源と殴りかかったかと思えば、作品について語ることよりチェスに夢中だったデュシャンは、周りの人が勝手に論じて頭を悩ましている様をほくそ笑んでいたのかも、性格が悪い、見るこっちの身にもなれとなじりながらも、その先駆性と才能に敬意を示して解説。

「現代美術や現代アートって、何がいいのかわからないような作品に法外な値段がついていて、それを何もわかっていなさそうな金持ちが買っていく」そんな一般的なイメージを広めたのがジェフ・クーンズ。歴史的価値ある作品は高額になる、だったら歴史的な作品を嘘でもデタラメでも今作ってしまえと在命作家でありながら100億円の作品を生み出してしまった。クーンズの作品は空気をテーマにした風船人形をモチーフにしており、大衆的な既製品をテーマにしてきた現代美術の歴史を踏まえて、さらに鏡面磨きの表面で周囲を写して取り込み、さらに価値があるほどに意味がある資本主義や現代美術の空気を取り込み風船のように破裂するような皮肉も込められ、現代美術のこれまでの全てが集約されている。クーンズを資本主義や現代美術のバグを突いた天才ビジネスマンだと著者は揶揄しながらも称賛する。

現代美術は、物を作らずに意味を作ることで作品を生み出していったが、さらに90年代には意味をも作らず人とのコミュニケーションを作品とする、リレーショナル・アートという作品が生まれるようになった。その第一人者であるリクリット・ティラヴァーニャは、展示会場で食事を作り、それを振る舞うことでコミュニケーションを生み出した。それは美術が社会とどう関わるか、画一化するグローバリズムへの対抗という意味もあったが、その後のリレーショナル・アートの発展は有象無象の作品を大量に生むことになり、有名無実と化した。特に日本は世界のアートイベントの約半数が行われているとまで言われているが、同時に参加型アートも画一化してしまった。そして他ならぬ著者自身が、こういう作品を作っては全く評価されなかった経歴がある。その著者が今こうして現代美術をギャグ漫画にしてしまうのだから分からないものだ。

この他にも個性的な作家たちが目白押しただ。

美術館から外に出て日常と美術をつなげる、空間を利用したアートや参加型アートの元祖となり、何かが起こる「ハプニング」という語源ともなったアラン・カプロー。
アメリカの侵略の歴史を野生のコヨーテと一緒に暮らすことで表現したように「コンセプチュアル・アート」で意味を追求したり、選挙に出馬したり植林をしたり「社会彫刻」で社会そのものを美術で作り直そうとしたヨーゼフ・ボイス。

さらには白人男性に有利だった美術の歴史を踏まえて、著者は人種や性別に偏ることなく幅広い作家たちを取り上げている。

「誰も見たことがないものを作れ」という具体美術協会で、時代を先駆けて電子制御で作品を作り、電球と電線管で作った服でファッションやパフォーマンスの垣根を超えた田中敦子。
物を作ることもコミュニケーションを生むこともなく、美術界の性差別や人種差別を統計的データから明らかにして匿名で発表するグループ「ゲリラ・ガールズ」。

まだまだ他にも魅力的な作家と作品たちが解説されており、もっと書き連ねたいほどだ。現代美術に疎い自分には知らないことばかりで非常に衝撃的だった。ほどんどの作家の名前や作品も初めて知るほどだったが、作家や作品をグッと身近に引き寄せて、その意味をも噛み砕いて飲み込めるようで、自分にとってこの本は本当に得難い存在になった。

誰かが新しい作品を作っては、他の誰かがそれをぶち壊すような新しい作品を作る。作ったそばから否定されて、結局何でもありなのか、こんなものを作ることに意味はあるのか?そんなふうに思われがちな現代美術の世界で、著者もそう思っていたこともあるそうだ、だが知れば知るほどに面白く目が離せなくなり、ずっと現代美術の関わることになったという著者の気持ちも、こうしてこの本を読み終えてみるとなんだか分かる気がする。

そしてまたふと思うのは、こうして先人たちの活動をはちゃめちゃにデフォルメしてマンガにしてしまったこの本もまた現代美術の一つではないかと思うのだ。意味を作ったり、コミュニケーションを生んだり、統計的な事実を伝えることも現代美術になるのなら、偉大な作家や作品の意味を解説して、マンガという表現で多くの人に伝えているこの本は十分に現代美術に当てはまるのではないだろうか。

ところで、冒頭の「ヨーゼッフ・ボイス!!」の意味はこの本を読むだけでは分からなかったので、もっと様々な解説を知ることでわかるのだろうか、美術の道は果てしなく遠いようだ。オレはようやくのぼりはじめたばかりだからな、このはてしなく遠い美術道をよ…
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  • 掲載日:2024/05/03
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この書評へのコメント

  1. keena071511292024-05-04 09:58

    わからん人もいるだろうから貼っとく

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