自我の境界線はどこにあるの?『空が灰色だから』の阿部共実作品特集

2013.01.18 posted by honzuki / Category: たまごたまご, 寄稿記事, 新刊情報 / Tags:

今年もたまごまごさんに原稿を依頼しました。今回は、昨年から話題騒然の阿部共実特集です。先日、代表作空が灰色だからの最新刊と、最初期からの短編を集めた作品集大好きが虫はタダシくんの―阿部共実作品集が刊行されました。読者の不快感を煽るような独特の表現を用いて、社会生活の不安を描く阿部共実の魅力とは何なのでしょうか。
 

空が灰色だから4


 
 
阿部共実の作品を最初に読んだとき、つよく印象にのこったのはでした。
虫には「群体で行動することが多く、単体で生きていくことができない」というイメージがあります。
 
群れの中で何らかの役割をになって、初めて生きていけます。
でも人間は違う。一人でも生きられる。ゆえに、自我がある。
自分は他人と違う。社会と違う。一個人である。こうやって認識することで、「自分」を考えるきっかけができる。
それが、阿部共実作品ではゆらぎます。
 
強烈な自意識過剰と、自他の境界線の崩壊。自分はこう思っているけど他人はどう思っているんだろうと悩みすぎてスパイラルに陥る。
人間は「自我」を持って生きているはずだけど、本当にそうなんだろうか。
もしかしたら、虫と同じで群体の一部なんじゃないだろうか。
そんなことを阿部共実作品を読んでいると考えてしまいます。
 
 

●阿部共実という作家が話題になったいきさつ

阿部共実のマンガは現在、週刊少年チャンピオンと別冊少年チャンピオンで連載されています。
今非常に注目されているこの作家、話題になったのはネットからでした。

 
最近『大好きが虫はタダシくんの』という作品集が発売されました。
この中に収録されている表題作の短編『大好きが虫はタダシくんの』がホームページやpixivに掲載され、その強烈な内容に2ちゃんねるが騒然となったのです。

大好きが虫はタダシくんの

 
中学生を卒業して以来、久しぶりにあう奈緒と志織という高校生の二人の少女。奈緒は「なんでも話せる一番の親友だったもんねー、会えてうれしー」と普通に喜びをあらわにするのですが、志織はなぜか奈緒の言葉をそのままオウムのように復唱します。
「だからなんでわざわざ復唱するの!?」
「だからなんでわざわざ復唱するのかって?」最初は奈緒もツッコミを入れているのですが、どんどん不安になってきます。物覚えが悪いからと志織は言いますが、それにしてもおかしい。
奈緒は「そんなんじゃなかったよねー。頭に虫でも湧いてるんじゃないの? あはは」と笑い飛ばそうとしますが、そうすると志織はパニックになって「タダシくんは虫を食べるから虫が大好きだから学校でいじめられてるんだよ」と言い出します。会話がまったく咬み合いません。
その後、志織の言葉はどんどん混迷を増し、最後には志織本人のこと、奈緒のこと、おじいちゃんのこと、タダシくんのこと、虫のことがめちゃくちゃに入り交じってしまいます。奈緒すらも気味悪がって、志織から離れていってしまう。
志織は奈緒の発言をただただ繰り返しながら、ボロボロと涙を流します。

 
これが発表されたとき、多くの読者がざわめきました。一体これは何を描こうとしているのか。
同じ事を繰り返して増殖し、何もかもを埋め尽くそうとする志織のセリフは、統合失調症のようでした。「人としばらく話さなかった時に感じる恐怖感」のようでもあります。多くの人にとって、どこかしら自分の体験や感覚に引っかかりがある、と思った人が多かったのです。「怖い」「哀しい」という、ヒリヒリする感覚が描かれているのです。

 
一体これを描いたのは誰なんだ?と調べた人がいました。そして、2010年に週刊少年チャンピオンで賞をとっていた阿部共実であることが判明したのです。
それがこの短編集に掲載されている『破壊症候群』です。
この作品は、『空が灰色だから』シリーズや普段作者が描いているギャグマンガとも全く違う、SFアクションマンガです。

 
破壊をするのが大好きな少女・結城凛。彼女は怪力でもあるのですが、ただの怪力暴走キャラではありません。物質の急所を見極め、体調や精神のコンディションを整えた上でそこを突くことで、あらゆるものを破壊することに美を感じているという、かなり凝った設定のキャラ。
彼女は「人に迷惑をかけるから」と、自分の破壊趣味を表に出さないのでいたのですが、ある日、「虫人間」と戦うため、町にある一番高い塔を破壊してしまいます。はじめて、自分の趣味・夢が、人のための役に立つのです。
その瞬間、彼女は自分の存在意義を噛み締めるのですが、その破壊シーンが圧巻。いわゆる「効果線」を一切使わず、描ききっています。
マンガでは破壊のようなダイナミックなシーンの場合、力の動きを表現するため効果線を入れます。これがなくなるとどうなるか。

 
「静」の状態になります。

 
非常に動的なはずの、虫人間の群れを倒すシーン。虫人間たちは、血をあぶくのように吐いて倒れていくのですが、すべてが止まっているかのように描かれ、血しぶきのあぶくには凛の姿が反射している。
ビルの破壊シーンは、凛自身すら押しつぶされてしまいそうなほどの迫力ですが、時間が止まったかのようにも感じられると思います。

 
このデビュー作『破壊症候群』に描かれている「虫の群れ」「あぶくや水玉に映るキャラクター」などは、その後の作品に生かされます。
阿部共実は、2010年に『日刊!浦安鉄筋 THE WEB』で『ドラゴンスワロウ』を連載。2011年からは、週刊少年チャンピオンで『空が灰色だから手をはなそう』というタイトルで1から3話を集中連載、その後タイトルを『空が灰色だから』に変更して、本連載が始まりました。
現在は週刊少年チャンピオンで『空が灰色だから』、別冊チャンピオンでコメディ『ブラックギャラクシー6』が連載されています。

 
 

●不安のあふれる画面

『空が灰色だから』1巻が刊行された時、ぼくは真っ先に草間彌生を連想しました。
草間彌生は、部屋中をドット柄で埋め尽くす作品で知られている芸術家です。草間彌生は幻覚や幻聴に襲われることが多く、水玉でその幻覚や幻聴を「埋め尽くし」、自己と宇宙と一体化する、という意図があるそうです。
『空が灰色だから』の第1巻の表紙が、その草間彌生の水玉そのままなんです。赤のドット。カラーページでは、黒塗りにされたキャラクターに赤のドットが重ねられていたりもします。
背景のドット柄や、キャラクターを埋め尽くすドットは、作中にも何度も使われており、たとえば洋服やリボンなどにもドット柄が多用されているのにも要注目

空が灰色だから1

 
虫、ドットなど、『空が灰色だから』には「群体」になっているものが多数あります。参考のため、いくつかあげてみます。

 
・いちご
第4話「イチゴズ オブ デスティニー」。
いちごは可愛らしいイメージとして使われていますが、腐れたものも描かれており、キュートさと嫌悪感が入り混じった状態になっています。ドットの一種だといえるでしょう。いちごのひとつひとつがドットであるのと同時に、いちごの種がさらにそのなかにあるドットになっています。

 
・チョウチョ
第5話「女の中の女の中の女」など。
チョウチョは、阿部共実がよく用いるモチーフ。一匹ではなく、キャラの周りを群れをなして一斉に飛び回っている事が多いです。

 
・あぶく
第16話「金魚」など。
これも阿部共実がよく用いるモチーフ。ドットの一種ですね。既に触れたとおり、あぶくが鏡になってキャラクターの姿を無数に映し出すように描かれることが多いです。

 
・自分自身の姿
第21話「こんなにたくさんの話したいことがある」など。
阿部共実作品を読み解くときに重要な回。キャラクター自身の一人称視点で、「自分自身」を万華鏡にうつしているかのように、キャラクターの姿がどんどん増殖する感覚が、キャラクター自身の増殖し続けるセリフと共に描かれています。

 
・目玉
第24話「世界の中心」など。
これもドットの一種。「誰かに見られている」という自意識過剰が呼び起こすシーンで無数の「自分の」目玉がヒロインを見つめるシーンは圧巻。第24話では、無数の目玉と同時に、大量の「自分自身の姿」も描かれていることに注目。

 
・クリオネ
第32話「衝動でございます」。
小さいながら「邪な気持ち」を持ったヒロインだけに見えるクリオネ。解放にも不安にも見える不思議な幻覚的な光景が表現されています

 
・ナメクジ
第43話「膨らんだ」。
「弟なんていない」と言いながら、友達に「よくできた弟がいる」という話をする姉が歩くシーンで登場。マンションの壁一面を覆い尽くすナメクジと、その前を通りながらぼんやりむなしさを感じているキャラクターの対比が奇妙。

 
・血液(子供)
第44話「私と私で私のまっぴるみにトートロジー」。
阿部共実は血液をよく描きます。それは、タラリと垂れる液状の血液ではなく、水泡状で描かれることが多いです。この水泡状の血液が、群れをなして無重力の空間に浮かんでいるような描写がされており、とても印象的です。

 
・コバエ
虫ですね。様々な回に登場。一見したところ何気ない、普通な画面でも、このコバエがいるだけで不穏で不快になるのは、生理的嫌悪感を喚起するからなのか、ストーリーの行く先に不安を感じさせるからなのか。

 

気持ち悪いのと同時に、一斉に飛び立つチョウチョなどのように、解放感も感じてしまうかもしれません。

 
ぼくも、第43話の「ナメクジ」は正直ゾワリとしました。この回では頻繁にナメクジの群れが描かれ、また飛び交うコバエも描かれており、不穏さに満ちています。
安定しない心を描く場合に、群体・虫が描かれることが多いのですが、必ずしも不安ばかりを表現しているわけでもないというところが重要です。
たとえば、チョウチョが出てくる第5話。「人間の内臓はエロいんじゃないか」という、常識からちょっと離れた話が描かれています。しかし、第5話には特に「不安」な部分はありません。この回では、不安さよりも、むしろ「青春期のときめき」を描いているかのようにも見えます。

 
阿部共実の作品は、その画面が表すものが「不穏・不安」なのか「ときめき」なのか、最後のコマに行くまで一切わからないのが特徴的です。阿部共実作品では「最後のコマ」にたどり着くまでの過程を重要なものとして描かれます。

 
虫の群体やドットなどは、その「最後のコマ」に至る、不安ともトキメキともつかない感覚を表現するためのものなのです。

 
 

●自意識過剰の世界

『空が灰色だから』シリーズは、「自意識過剰」がテーマになっています。
自分の捉えている事実と、他人の見ている世界にはギャップが生じている。それはとんでもない溝かもしれないし、実は大したことじゃないかもしれない。
阿部共実は、この両方のパターンを、極めて冷静な視線で切り取っています。

 
たとえば第26話「世界は悪に満ちている」。この作品は、自分のことを「正義を守る魔法少女」だと思い込んでいる女性を描いたもの。
彼女はボロボロになったぬいぐるみをひきずり、パトロールに出かけます。その姿は傍から見ると、「ごっこ遊び」を卒業できない痛い人なのですが、彼女の主観では「悪に満ちた世界を救う美しい魔法少女」ということになっています。
しかし世の中は思ったより悪に満ちていない。現実を見れば見るほど、自分のイメージと違う。
彼女は、引きずっていたぬいぐるみを失い、最後は家に帰ってきて親のためにカレーを作ります。
そのカレーにはパインが入っていて妙に浮いているのが気になるのですが、それはさておき、そのカレーを食べながらの母親との会話がいい。
「私が今の社会に受け入れられるのかな」
「自意識過剰ね。あんたが思ってるほどあんたは社会にとって、プラスでもマイナスでもなんでもないわよ。普通に受け入れてくれるわよ」彼女は、いわばカレーのなかに浮いているパインのような存在。でも、案外カレーにあう。
確かに、彼女は自我を見失って放浪していた。けれどもそんなのは「社会」という集団にしてみたらささいなこと。誰も気にしていないのです。

空が灰色だから3

 
そんな作品があったかと思えば、ささいなはずだったことが、社会に受け入れられず、はみ出してしまう哀しみを描いた作品もあります。
第45話「名乗る名もない」は、中学3年生の女子が、いじめられている小学生の少年に「意地でも戦え」と激励する作品。いじめられている少年は彼女のことをアネゴと呼び、その体格差を使った相撲で稽古をつけます。
少年にとってアネゴは、なにより年上の女性。相撲を取れば胸に意識が行ってしまいます。加えて彼女は、相撲に勝てた時に少年にキスをします。アネゴへの少年の思いは、過剰に膨らみ上がります。
しかし少年は、アネゴの「本当の姿」を目の当たりにしてしまいます。アネゴは、自分と同じようにいじめられ、「ゴミ、ウジ、虫けらめ」とあざ笑われていることを少年は知ってしまいます。それはなんと、アネゴが自分に稽古をつけてくれていた時言った言葉と同じでした。
叱咤激励してくれていると思っていた、けれども実際は、アネゴは自分より小さな自分を相手に優越感に浸っているだけだった……
少年は、自分の認識と現実のギャップに打ちのめされ、アネゴに二度と会わなくなります。

 
このように阿部共実は、「案外と自分を受け入れてくれる社会」と「想像以上に冷酷な社会」の両面を、淡々と描きます。どの作品にも伏線になるカットが必ず入っているのですが、それでも最後のコマになるまで、結末がどう転ぶかわかりません。

 
阿部共実は、自意識が社会の中でかたちを失って溶け去ってしまう作品も描いています。
その作品が、ぼくが個人的に傑作だと思っている第12話「ガガスバンダス」。
主人公になるのは、仲良し三人組の小学五年生の少女。学校の帰り道で仲良し三人組の内の一人が「じゃあさ、ガガスバンダスってみんなもやってるでしょ」と言い始めます。もう一人も「ああ、ガガスバンダスね」と呼応するのですが、主人公の少女には何のことかさっぱりわからない。
見栄を張って「本当は知ってるよ」と言いますが、実際その「ガガスバンダス」がはじまると、やっぱりまったくわからない。
話は突然「黒コマ」をはさんで、なぜかリセットされ、ガガスバンダスの話がはじまるところから再スタート。今度は主人公の少女はは「ごめん、本当は私ガガスバンダスを知らないんだ」と言うのですが、そうすると二人は「ガガスバンダスはまずガガスバンダスとは何か哲学するところから始まるからねー」とますます何を言っているかわからなくなってしまいます。
さらにもう一度「黒コマ」をはさんで、また同じシーン。今度は「ガガスバンダス」という単語がでませんが、「アレやってるの?」という会話が始まります。もう知っているかどうかはどうでもよくなっているのか、彼女の頭のうえには「ぷかぷか」という擬音が浮かび始めます。これが何の物語なのか、結局のところ一切語られません。読者には全くヒントが与えられず、話がループしているのか、主人公の単なる勘違いなのか、読者は読み解くことができません。この作品には、「起承転結」の構造すらないのです。主人公の少女は「嘘ばっかつくハメになる」と言っているので、話を通して意識はつながっているということは言えそうです。
この作品で重要なのは、物語でも「ガガスバンダスとはなにか」でもありません。主人公の少女が、「自分の意識」が社会と異なっているのか、社会と一体なのか、判然としなくなっていく混沌の過程を描いていることが重要なのです。

 

第16話「金魚」、第19話「黒」、第40話「マシンガン娘のゆううつうつうつうつうつうつうつうつうつうつうつうつうつ」、第44話「私と私で私のまっぴるみにトートロジー」などの作品でも、物語性よりも、キャラクターの内面の思考やイメージ、感覚を描くことを優先しています。ハッピーでもバッドでもない、キャラクターたちの感覚が「社会とどう境界線をひいているのか」を問いかけること作品群を、阿部共実は定期的に発表しています。

空が灰色だから2

 
短編集に収録された、描き下ろし作品「デタジル人間カラメ」もまた特異な作品。最終的にはキャラクターのセリフはおろか、輪郭線までくずれていく作品。
この作品は、不条理マンガではありません
崩壊した描写によって、「社会と自分の意識が混ざってしまっている状態」を表現しちえるのです。

 
徹底して「自我と社会の境界線の不安定さ」を描く阿部共実。
この作家の作品が、ネットを中心に強く支持されていること自体が興味深いことです。

 
阿部共実作品の中でも、特に『空が灰色だから』はユーモア・ホラー・キュートといった各種のテイストが、バランスよく入れられています。
一度、阿部共実作品の魅力に入り込んだら、読者は自我が芽生える前の世界へ投げ込まれます。
一般に、人は幼児期には最初に母親を認識し、家族を認識し、学校を認識し、そして徐々に社会を認識していく、と言われます。
この過程で、自分が他の人と違う「個」であることに目覚めます。
思春期にこの過程をこじらせると、恥をかいたりトラウマを心に抱いたりしてしまいますが、まさにその瞬間の痛みが、阿部共実作品には書き留められています。
この「痛み」が、先に述べたようなドットや群体といった非常に感覚的な表現で描かれるので、読者はどうしても心揺さぶられてしまう。誰かに語りたくなってしまう。
これが阿部共実作品がネットで話題になっている理由のひとつだと言えるでしょう。

 
場合によっては読むと心が折れてしまうかも知れない危険すらある作品群。
それでもこの作品が人気なのは、自我の曖昧な姿を見せつけられることで、読者が自分の自我を再確認できるからでもあります。
阿部共実作品がもたらす、「自我形成」の過程の疑似体験は、社会に生きる誰もが感じる「自我のゆらぎ」が持つ不安を見せつけてくれる。読者は、社会の中で出会う現実の不安に対して、まるでワクチンを求めるように、阿部共実作品を摂取しようとするのかも知れません。

 

 
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【たまごまごのプロフィール】
ライター。主にサブカルオタク系ムックや、
仕事のマナー「気がきかない」なんて言われるのは大問題ですっ!
などのビジネス書を手がける。
北海道在住。本に埋もれていてストーブが炊けません。
大の大槻ケンヂ好き。愛読書は「チャンピオン」と「LO」。
 

 

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