バンド・デシネとSF 大森望インタビュー[前編]

2013.01.16 posted by honzuki / Category: 原正人 / Tags: , , ,

SFの翻訳者としても、また豊崎由美氏との「メッタ斬り!」シリーズでも知られる、評論家の大森望氏に「バンド・デシネとSF」という切り口でインタビューしました。インタビュアーは、バンド・デシネの翻訳者として『闇の国々』をはじめ、多数の作品を手がけてきた原正人さんです。

インタビューは前編・後編でお送りします。前編は、日本のSF界の重鎮である大森氏の眼から見たバンド・デシネの受容史。後編は、2012年に主要作品のシリーズ邦訳が決定した大作『闇の国々』についての大森氏の分析です。

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原:大森さんには以前、東京堂書店神田本店で行われたバンド・デシネのイベントにも出演していただきましたし、邦訳バンド・デシネの書評も多くしていただいています。そもそも海外マンガに関心を持ち始めたきっかけは何だったのでしょう?

大森:やっぱり『スターログ』『S‐Fマガジン』からですね。アメコミはそれほど読んでなくてですね、読み始めたのはすごい遅い。むしろバンド・デシネのほうが早いぐらいです。バンド・デシネというかメビウスですね。ただ、その前に海外のマンガ的なもので最初に触れたものとしては、鶴書房から翻訳が出ていたピーナッツブックスとかハンナ&バーベラディズニーのアニメがありました。でも、海外のマンガを読んでいるというよりもピーナッツならピーナッツを読んでいるという意識が強かったわけで。

原:『スターログ』や『S‐Fマガジン』で海外マンガを知ったのはおいくつぐらいの時だったのですか?

大森:ちょうど高3から大学1年ですね。『スターログ』の創刊は1978年なんですけど、メビウスが最初に紹介されたのが1979年で、同じ時に『S‐Fマガジン』で野田昌宏さんがやっぱりメビウスの紹介を書いている。その頃『S‐Fマガジン』に載るものは、SFファンなら教養として知っておかなければいけないという感じだったのですが、『アルザック』を始めとしてメビウスのアートの衝撃は大きかったですね。

アルザック

※宮崎駿も衝撃を受けたと語っていた、メビウスの作品『アルザック』

原:当時は『スター・ウォーズ』の映画が上映されたりと、ある意味SFが熱かった時期だったのでしょうか?

大森:『スター・ウォーズ』のブームを当てこんで創刊されたのが『スターログ』だったわけで、SFのヴィジュアルがすごく盛り上がってきたという時期でしたね。SF自体のブームというのはたぶん1960年代から1970年代だったんですけど、『スター・ウォーズ』以降はSF的なヴィジュアルにすごく注目が集まりました。逆に言うと、ハリウッド映画スタイルのSFヴィジュアルがものすごくいっぱい出てきて、1979年にはもう既にやや食傷気味みたいな(笑)

『スター・ウォーズ』の時にいろんな特集があって、1978年にものすごい大量のSF映画紹介がなされた。そして、それはだいたいハリウッド的なSF理解、宇宙SFというヴィジュアルだったんです。メビウスのアートはそれとは全然違うタイプのものでした。『アルザック』の静かな感じやユーモアはやはりハリウッドのSFにはないものだったんです。その時に短編でL’Homme est-il bon?(「人間はおいしいか?」)とかも紹介されて、短編SFマンガを描いているらしいということがわかりました。『スターログ』に最初に載ったのは「バラッド」という作品でしたが、何号かに一号は、翻訳されたり、一部ストーリーが紹介されたりして、『スターログ』を読んでいるとだいたいメビウスがわかるというようなところがあったんですね。

原:メビウスは当時から既に日本のSFファンの間で注目されていたのでしょうか?

そうですね。1979年に『S‐Fマガジン』と『スターログ』で同時に紹介された時の衝撃というか。当時マンガ家の人たちにもずいぶん影響を与えたみたいですけど、SFファン全般にもかなり影響を与えたと思います。『スターログ』に載るヴィジュアルというのは、特撮の舞台裏とか貴重な情報がたくさんあったわけですけど、アメリカのSF映画に関する情報は他にもいっぱいありました。

でもフランスのマンガに関する情報は、今までまったく触れたこともなかったものが突然そこに出てきたので、ファンはみんな驚いたんです。なんだこれはという感じで。そこからバンド・デシネというものがある、『メタル・ユルラン』という雑誌があるということがわかりました。

ちょっとマニアックな人は洋書屋に入っているものを買うとか、フランスから取り寄せるとか、そういうような形ではまっていく人も多かったですし。フランスに行ったら、バンド・デシネ専門店に入ったりとかね。

あと、サンリオSF文庫がちょうどその頃、1978年に創刊されて、フランスSFの翻訳が始まったんです。ミシェル・ジュリとかピエール・クリスタンとか。僕の大学時代はフランスSFっていうのがわりと盛り上がっていて。盛り上がっていたといってもものすごく売れなかったらしくて(笑)、ジュリとかクリスタンとかって実売はたぶん3千部とか4千部しか出てなかったらしいですけど。サンリオSF文庫が売れない中でも一番売れなかったのがフランスSFだったみたいですね。

そもそもサンリオSF文庫はまったく何のマーケットもない、ほぼ情報ゼロのところに、とにかくSFだからといってこういった作品を出していったんです。それでもジュリの『不安定な時間』とかは一部の海外SFマニアの間では評判になりましたね。英米のSFとは全然違うテイストのSFが描かれているんです。クリスタンなんかはどこか退廃的で、わかりやすい感じでフランスの香りがしたり。

そういうフランスSFの紹介と一緒になって、メビウスを中心にフランスのマンガもなんかすごいぞとなりました。フランスSFは買ったところでなかなか読めない(笑)。メビウスは最初が『アルザック』だったこともあって、とにかく絵を見ればすごさがわかりました。それで、メビウスの翻訳されてないものも買ったりしたわけです。

雑誌『メタル・ユルラン』には『ヘビー・メタル』という英語版があって、英語が読めればある程度わかりました。僕はそんなに熱心にハマったわけではないですけど、SFファンの教養としてメビウスは読んでおかなければという感じはありましたね。また、もっと後になってからでしたけど、メビウスがホドロフスキー版の『デューン』に協力しているという情報が入ってきたということもあります。当時は協力しているという情報ばかりで、実際に何を描いているのかまではわからなかったんですが。だいぶ経って1980年代半ばくらいかな、アメリカのSF大会か何かで、メビウスが描いたプロダクション・デザインが幻の企画として写真などで紹介されたことがあって、それはすごく面白かったですね。そういうこともあって、1970年代末から1980年代前半くらいまでメビウスに対する関心はずっと高かったと思いますね。

原:ここ数年、バンド・デシネの翻訳が増えてきていますが、特によかった作品を教えてください。

大森:インパクトとしてはアンカルモンスターですかね。前々から知られていた作品ですが、『アンカル』はやっと出たという感じがありました。全然知らなくて驚いたのは闇の国々ですかね。

アンカル  モンスター

 

原:『アンカル』の感想を聞かせてください。

大森:よくわからないですよね(笑)。ただ見ている分には、楽しい、すばらしいという感じなんですけど、ストーリーを読み始めるとどんどん疑問が膨らんでいく。神秘主義っぽいというか、ホドロフスキーの説明が、どんどんよくわからない世界に入っていって、不思議な感じでしたね。そこがまたおもしろいんですけどね。SF的な論理とホドロフスキーの感覚の違いがおもしろい。SFからどんどん離れていく。メビウス自身もいわゆるSFらしいSFにはそんなに興味がないのかなっていう気がしますね。

アートはSFファン好みのセンスだし、ど真ん中という感じがするのに、自分で話を書くと、あまりSF的なアイディアには興味がない気がする。エデナの世界がまさにそうですね。こっちはわからないというよりはつまらないという感じかな。ストーリー的にね。わりと寓話的な方向に行くんですよね。SF的な理屈とか世界の設定にはあまり興味がなくて、この惑星がどういうふうに成り立っているのかとか、そういう意味でのリアリティにはほぼ興味がない感じですね。絵を見ればリアリティがあるからそれでいいんだという感じかもしれませんが、話自体に関してはSF的なリアリティは追求しないタイプですよね。だから、アートはSFなのに、幻想的な寓話という印象があります。

エデナの世界

スクイテン&ペータースの『闇の国々』もどちらかというと幻想文学よりで、核になるアイディアは幻想的なんですが、その発想の仕方がSFっぽいんです。理屈を気にしているんですよね。変な事件が起きて、科学で説明はつかないんだけど、それについて理詰めで考えている感じがある。変わったこと、はみ出したこと、ひねったことをする手つきがわりとロジカルなんです。メビウスはもっとふわふわしている感じですね。オレが書けばSFという感じの(笑)。話はどうでもいいだろ、ふわふわしたままでいいじゃんという感じで。スクイテン&ペータースは発想からもっとがっちり固めて、なぜそうなるのかというのを意識的にやってる気がしますね。

原:『モンスター』はいかがでしたか?

大森:エンキ・ビラルは正直、あまりヴィジュアルが好きじゃないんです。映画でも『バンカー・パレス・ホテル』とか苦手ですし。ただ、『モンスター』は、ものすごくストレートにサイバーパンクを受け止めている感じがあって、そこに驚きましたね。サイバーパンクのフランス的な受容として興味深かったです。

ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』以降、サイバーパンクというアイディアとかスタイルっていうのは1980年代を席巻したわけですけど、結局、『ブレードランナー』以降のダークな近未来というヴィジュアルに吸収されてしまって、サイバーパンク的なSFマンガとかSF映画というのはあまりなかったんです。もちろん『攻殻機動隊』とかにある程度サイバーパンクっぽさは残っていますけど。

その中では『モンスター』はすごくストレートにサイバーパンク的な感覚を描いている。ここまでまともにサイバーパンクをやっているっていうのが驚きで、しかもアメリカンなサイバーパンクとは違っていて、そこが面白かったですね。SFが好きな人でエンキ・ビラルが好きという人は多いんじゃないですかね。士郎正宗まではいかないかもしれませんが、この作品のディテールにこだわって世界を説明しよう、構築しようというところは受けるんじゃないでしょうか。やっぱり言葉で説明するというのがね。メビウスは全然説明しないですからね。メビウスのほうがアーティストという感じが強いですね。

後編に続く

 

【大森 望(おおもり のぞみ)のプロフィール】
1961年生まれ。京都大学文学部卒。新潮社勤務を経て独立。翻訳家、書評家。主な著書に21世紀SF1000(ハヤカワ文庫JA)新編SF翻訳講座(河出文庫)、文学賞メッタ斬り!シリーズ(豊崎由美と共著/パルコ出版)、訳書にコニー・ウィリスマーブル・アーチの風』『ブラックアウト(ともに早川書房)ほか多数。編纂するアンソロジーにNOVAシリーズ(河出文庫)、不思議の扉シリーズ(河出文庫)など。
 

【原 正人(はら まさと)のプロフィール】
1974年生まれ。学生時代は幻想文学に興味を持ち、19世紀末のフランス人作家ヴィリエ・ド・リラダンをテーマに卒論・修論を執筆。2005年頃からバンド・デシネに関心を持ち始め、今に至る。訳書にホドロフスキー&メビウスアンカル、ペータース&スクイテン闇の国々(小学館集英社プロダクション、『闇の国々』は共訳)、ショメ&ド・クレシーレオン・ラ・カム(エンターブレイン)など。
 
 

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