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ぱるころ
レビュアー:
人の心を惑わせる、名もなき街。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』のあの街が、四十年の時を経て再び読者に語りかける。
東西に流れる一本の川、石造りの三つの橋、本のない図書館と針のない時計塔… 高い壁に囲まれたその街は、人の心を惑わせる。
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(2005年発行・新装版)の表紙をめくると、街の地図が描かれている。本作品『街とその不確かな壁』に再びその街が登場することを知り、強い興味を抱いた。



高校生エッセイコンクールの表彰式で出会った「きみ」と「ぼく」。「きみ」に好意を持った「ぼく」の一言で文通が始まり、二人はたびたび会うようになる。あるとき「きみ」は、不思議な街について語り、本当の自分はそこにいるのだと打ち明ける。ひと夏かけて二人はその街について語り合い、想像上の街を完成させるが、その後「きみ」は突然姿を消してしまった。

三十年後、中年になった「私」はその街に迷い込み、図書館で働く「君」を見つける。「君」は16歳の少女のままで、元の世界にいたときの記憶を持っていない。
「私」はその図書館で「夢読み」という職に就くが、「私」の影は「私」がこの街に留まることを拒む。この街で生き続けるには影を捨てなければならず、本体から引き離された影はやがて死んでしまう。影を失うことは、元の世界への道が絶たれることを意味する。

再び元の世界に戻った「私」は、長年勤めていた書籍取次の会社を辞め、田舎町の図書館長になる。
この職場で出会う風変わりな二人の人物が、物語において重要な役割を果たす。一人目は前図書館長の子易(こやす)氏。彼はこの町の名家に生まれ、家業を手放した後は図書館の存続に尽力。町民からの信頼も厚い70代男性だが、その服装はなんと、派手な巻きスカート…
二人目はイエロー・サブマリンのパーカを着た少年。この少年は学校に通わず、毎日図書館で分厚い本を読み大量の知識を頭に詰め込んでいる。

『意識とは、脳の物理的な状態を、脳自体が自覚していることである。』「私」にこのような言葉を投げかける子易氏は何者なのか。
また、イエロー・サブマリンのパーカの少年が口にした『魂にとっての疫病』とは何を指すのか。



あとがきによると、この作品は1980年に文芸誌に発表した中編を2020年から三年をかけて書き直したものだそう。
読み終えた今、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の読後には覚えのなかった、「この物語を知ってしまった」という想定外の孤独と虚しさを感じている。

生きている限り、肉体も意識も、絶えずどこかに向かって流れていなければならない。現実世界で目指す場所を失った人々が迷い込む、名もなき街。影と本体どちらが本物の自分か、本当に生きているのはどちらか、人は意外と簡単に見失ってしまうのかもしれない。また、他者へ強く惹きつけられる気持ちはときに、自己と他者の境界を曖昧なものにする。
四十年の時を経て、大きな意味を持って世に出された作品である。

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ぱるころ
ぱるころ さん本が好き!1級(書評数:147 件)

週1〜2冊、通勤時間や昼休みを利用して本を読んでいます。
ジャンルは小説・エッセイ・ビジネス書・自己啓発本など。
読後感、気付き、活かしたい点などを自分なりに書き、
また、皆さんからも学びたいと考え参加しました。
よろしくお願いします。

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