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休蔵さん
休蔵
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若者の酒離れが言われているが、それは若者に限ったことではなく、価値の多様化ということなのかもしれない。本書は味としての日本酒ではなく、文化としての日本酒を教えてくれる1冊。離れがたい魅力があります。
 日本酒製造の歴史は300年以上にもなるという。
 その間、特に戦後から現代にいたるまでは紆余曲折を経てきた。
 終戦後の米不足で三倍増醸酒が誕生し、それがやがて純米酒を「特殊な酒」という立場に追いやることになったそうだ。
 吟醸酒は技術研鑽のための「鑑評会用の出品酒」だったとのこと。
 それが昭和40年代には「幻の酒」ブームが追い風となり、昭和50年代後半から60年代に地方銘柄ブーム、吟醸酒ブームと日本酒に対しての明るい話題が続く。
 その過程で『夏子の酒』はあったのか。
 しかし、食卓の欧米・無国籍化、ワインブーム、長引く不況などで、現在では日本酒の消費量は年を追うごとに減少しているそうだ。
 本書はそんな日本酒激動の時代に酒造りに携わってきた1人杜氏の仕事や生き様から人生論、リーダー論を抽出している。

 50代が若手、60代が働き盛りで、70代に熟練に技に到達するという杜氏業。
 本書が追うのは滋賀県の喜多酒造で「喜楽長」を醸す天保正一。
 生涯を掛けて酒を醸す天保杜氏の仕事に対する姿勢は厳しく妥協を許さない。
 しかし、酒造りは杜氏1人の力量だけではいかんともしがたく、蔵人全員のチームワークのもとに成り立つそうだ。
 「和醸良酒」という言葉はそのことを端的に表したものであろう。
 仕事に厳しい天保杜氏は、人には温和に接するという。

 「脱落者を1人も出さなかった」ことが天保杜氏の誇りとのこと。
 酒造りは特殊な勤務体系にある。
 田んぼ仕事が終わった冬季、季節限定の雇用形態である。
 朝は早く、休みもない。前年と同じように動いたとしても気候などの微差が酒質に思いがけない影響を及ぼす。
 辛く厳しい仕事を蔵人集団で成功裏に終わらせるためには、1人の突出した能力ではなく、蔵人一丸のチームワークが不可欠だそうだ。
 辛く厳しい仕事を、脱落者を出すことなく全うしてきたということは、酒造りに臨む態勢がチーム全体で整っていたことを示している。
 杜氏に最も必要とされる能力は、チームを1つのものに醸す力なのかもしれない。
 このことはどの業種のリーダーに必要とされる力であることは言うまでもない。

 辛く厳しいイメージがある酒造り。
 他の手仕事と同様、後継者不足が重要な問題になっている。
 しかし、酒造りの歴史は、平成に入って新たな展開を迎えつつあるようだ。
 季節労働ではなく、蔵が年間雇用しての酒造り、蔵元自らが酒造りにも従事する「オーナー杜氏制」、好きが高じて大学卒業した若者が蔵に就職して杜氏になる事例も見られ始めたとのこと。
 酒は多くの日本の伝統技と異なり、ファン層の裾野が広い。辛い仕事を物ともしない「物好き」が次々と現れ、新たな歴史を生み出していく可能性を秘めていると言える。
 後継者不足が危惧される職人技にあって、酒造業は特殊な展開を遂げるかも知れない。

 本書は杜氏の仕事を通じて、日本酒の過去、現在そして未来にまで言及している。
 売り上げの落ち込みや後継者不足が深刻ながらも、酒造業全体が衰亡しきらない期待を読者に持たせてくれる。
 呑兵衛はもちろん、酒造りの民俗を知るという観点、さらに酒造りに心血をそして人生を注いできた1人の杜氏の人生から学ぶことができるという意味で、多くの方にお薦めしたい良書である。
 きっと読みながら日本酒を吞んでみようと思うはず。
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休蔵
休蔵 さん本が好き!1級(書評数:451 件)

 ここに参加するようになって、読書の幅が広がったように思います。
 それでも、まだ偏り気味。
 いろんな人の書評を参考に、もっと幅広い読書を楽しみたい! 

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