千世さん
レビュアー:
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かの『朗読者』の作家が描いた、20世紀という激動の時代を生き抜いたもう1人の女性オルガの物語。生涯をかけて愛した男への愛と恨みは、同時代を生きた全てのドイツ人女性の思いを代弁しているのかもしれません。
かの『朗読者』の作家が描いた、20世紀という激動の時代を生き抜いたもう1人の女性オルガの物語。オルガを通して、帰らぬ男たちを待ち続けるより他なかった、多くの同時代のドイツ人女性の思いを代弁しているようでした。
本書は三部構成です。第一部では、オルガの幼い頃から、聴力を失って教師の仕事を辞め、縫い子として働き始めるまでの半生が、淡々と綴られます。ヘルベルトと出会って愛し合うも、結婚は許されず、教師として自立した生活をしながら、次々と新たな冒険に走り出す恋人を待ち続ける日々。やがて北極へ旅に出たまま、帰らぬ人となった恋人。その後オルガは、1人で第一次世界大戦と第二次世界大戦に翻弄されるドイツを生き抜きます。
その激動の人生にも関わらず、あまりに淡々と物語が進むその理由は、第二部になってこの物語が、オルガが縫い子として働いていた家の子供であったフェルディナントによって書かれたものであるからだとわかります。すなわち第一部は、フェルディナントがオルガから聞いたことを綴った物語なのです。それはオルガが、他人に語るにふさわしく解釈した、自身とヘルベルトの物語です。誰にも語りたくないことは語らなかったでしょう。隠し通した真実もあることでしょう。またあまりに激しすぎる自身の感情は、極力抑えて語ったことでしょう。だからその物語は、物足りないほどに淡々としているのです。
第二部は、そんなフェルディナントとオルガの日々、そしてその死までを綴った物語。読者に対してもフェルディナントに対しても、多くの謎を残したまま、オルガはこの世を去ります。しかしその死後、フェルディナントにはオルガの真実を知るためのふたつの出会いが待っていました。ひとつは、オルガが昔かわいがっていた子供アイクの娘との出会い。そしてもうひとつは、北欧の郵便局に留め置かれた、オルガからヘルベルトへ宛てた数々の手紙でした。北極への旅に出た恋人が、帰ってきたらきっと読むであろうはずの手紙。結局一度も読まれることのなかった手紙。そこには恋人への並々ならぬ愛情と、愛する女性を置いて冒険の旅に出る男への恨みつらみ、そして、誰にも語られることのなかった秘密が、激しい感情で綴られていました。
手紙の束を前にして、なかなか読み始めようとしないフェルディナントの気持ちがよくわかりました。オルガのすべてを知ってしまうことへの期待と恐れ、そんな感情でしょうか。第三部が、その手紙です。
ふたつの世界大戦では、多くの男たちが死んで行きました。帰ることのない男たちを待つしかなかった女たちの気持ちは、オルガにも共感できたことでしょう。オルガ自身、ヘルベルトが北極へ行かなければ、出征して死んでいただろうと気づいています。男たちを偉大な冒険へと駆り立て、その結果戦場へと送り込んだ憎しみを、オルガはドイツを統一した宰相ビスマルクへと向けます。小さなドイツに満足し得なかった男たちを生んだ元凶としてビスマルクを、すべての女たちに変わって憎み続けました。
オルガが晩年に聴力を失ったのはなぜだろうと考えます。彼女は何から耳を塞ぎたかったのでしょうか。多くの読者によって、いろんな解釈がなされることでしょう。ますます大きくなろうとするドイツ。生きているアイク。女たちの悲しみ。耳を塞ぐことで、ヘルベルトとの過去の思い出に、より近づいて生きることができたのかもしれません。
本書は三部構成です。第一部では、オルガの幼い頃から、聴力を失って教師の仕事を辞め、縫い子として働き始めるまでの半生が、淡々と綴られます。ヘルベルトと出会って愛し合うも、結婚は許されず、教師として自立した生活をしながら、次々と新たな冒険に走り出す恋人を待ち続ける日々。やがて北極へ旅に出たまま、帰らぬ人となった恋人。その後オルガは、1人で第一次世界大戦と第二次世界大戦に翻弄されるドイツを生き抜きます。
その激動の人生にも関わらず、あまりに淡々と物語が進むその理由は、第二部になってこの物語が、オルガが縫い子として働いていた家の子供であったフェルディナントによって書かれたものであるからだとわかります。すなわち第一部は、フェルディナントがオルガから聞いたことを綴った物語なのです。それはオルガが、他人に語るにふさわしく解釈した、自身とヘルベルトの物語です。誰にも語りたくないことは語らなかったでしょう。隠し通した真実もあることでしょう。またあまりに激しすぎる自身の感情は、極力抑えて語ったことでしょう。だからその物語は、物足りないほどに淡々としているのです。
第二部は、そんなフェルディナントとオルガの日々、そしてその死までを綴った物語。読者に対してもフェルディナントに対しても、多くの謎を残したまま、オルガはこの世を去ります。しかしその死後、フェルディナントにはオルガの真実を知るためのふたつの出会いが待っていました。ひとつは、オルガが昔かわいがっていた子供アイクの娘との出会い。そしてもうひとつは、北欧の郵便局に留め置かれた、オルガからヘルベルトへ宛てた数々の手紙でした。北極への旅に出た恋人が、帰ってきたらきっと読むであろうはずの手紙。結局一度も読まれることのなかった手紙。そこには恋人への並々ならぬ愛情と、愛する女性を置いて冒険の旅に出る男への恨みつらみ、そして、誰にも語られることのなかった秘密が、激しい感情で綴られていました。
手紙の束を前にして、なかなか読み始めようとしないフェルディナントの気持ちがよくわかりました。オルガのすべてを知ってしまうことへの期待と恐れ、そんな感情でしょうか。第三部が、その手紙です。
ふたつの世界大戦では、多くの男たちが死んで行きました。帰ることのない男たちを待つしかなかった女たちの気持ちは、オルガにも共感できたことでしょう。オルガ自身、ヘルベルトが北極へ行かなければ、出征して死んでいただろうと気づいています。男たちを偉大な冒険へと駆り立て、その結果戦場へと送り込んだ憎しみを、オルガはドイツを統一した宰相ビスマルクへと向けます。小さなドイツに満足し得なかった男たちを生んだ元凶としてビスマルクを、すべての女たちに変わって憎み続けました。
オルガが晩年に聴力を失ったのはなぜだろうと考えます。彼女は何から耳を塞ぎたかったのでしょうか。多くの読者によって、いろんな解釈がなされることでしょう。ますます大きくなろうとするドイツ。生きているアイク。女たちの悲しみ。耳を塞ぐことで、ヘルベルトとの過去の思い出に、より近づいて生きることができたのかもしれません。
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国文科出身の介護支援専門員です。
文学を離れて働く今も、読書はライフワークです。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:0
- ISBN:B087FZ5QRY
- 発売日:2020年04月24日
- 価格:2090円
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