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何処に向かって出航するのか分からない「極楽船」。本書はそんな船に乗り合わせた人々のエピソードが重なり合うことによって壮絶な航海記を成り立たせる。彼らは海ではなく三途の川を渡ったのではないか? 興味深い。
読み終えた後沈鬱な気持ちになってしまった。本を読むことに快感を求めている方はこの本には近寄らない方が良いだろう。この書評/感想文も読まなくても良いくらいだ。だが、なおそれでも人生や世界の真理を知りたいと考える方……と書くと大袈裟かもしれないが、ともあれそうした重いテーマに近づくことを躊躇わない方はせめてこの書評/感想文だけでも読んで欲しい。それからこの『極楽船の人びと』に近づくかどうか決めていただきたい。本書はそういう本である。迂闊に精神状態が悪い時に近づくと鬱にハマり込むのではないか。吉田知子氏の本はいつも手強いと感じているのだけれど、本書もなかなか手強い一冊だ。

本書は多数の語り手によって成り立っている。共通点はただひとつ。「極楽船」という船に乗り込んだということだ。その「極楽船」に乗り合わせた人々がリレーのように次々と船の出港から航海に至る過程をそれぞれの人々の人生模様と一緒に語って行くという構図になっている。つまり「グランドホテル形式」だ。こう書くと複雑で難解な構造なのではないかと思われるかもしれないが、そんなことはない。ひとりひとりの人生に寄り添うようにして細かいディテールを描き込みつつ、船の航海の過程をも生々しく描く吉田氏の筆は冴えている。私には珍しくエンターテイメントという側面からも楽しむことが出来たし、ひとりひとりに課せられた人生を思うという点からも楽しむことが出来た。

「極楽船」とはしかしなんなのか。これはミステリめいた要素を孕んでいる。一体この「極楽船」は何処に向かって進んでいるのか、正確に把握している乗客はひとりも居ない。世界を一周するのか、何処か決まった目的地があるのか……そんなことも分からないまま本書の登場人物たちは船に乗せられ、船と運命を共にする。ややネタを割れば船は台風に見舞われ破損し、死者が出るという酷い惨状を呈することになる。そんなにまでして進み続ける船の行方は如何に……その謎がこちらを惹きつけて止まない。エンターテイメント性が含まれているという言葉の意味がお分かりいただけただろうか。何処に行くのか……その謎が宙吊りになったまま、話は淡々と進行して行く。

これもまたネタを割ることになるが、本書の航海は決して海を渡っているわけではないのではないかと考えてしまった。むしろ「極楽船」は三途の川を渡っているのではないか、と。三途の川……つまりこの世とあの世を繋ぐ境目に位置する川を渡るということ。いや別にそんな幻想小説めいた展開が用意されているわけではないのだけれど、私には少なくとも象徴的に「これは冥途へ旅立とうとしているのかもしれないな」と言う印象を抱いたのである。つまり、登場人物たちは皆全員が「死」という領域(極楽?)に向かって旅立っているのではないか、ということだ。そしてそれは読む人間も次第にじわじわと、己に襲い掛かるであろう「死」について考えさせざるを得なくなる。

「死」について考える……普段は避けて通っていることだ。私たちは明日も生きることを前提として人生を営む。だが、「死」はいつやって来てもおかしくない。そう考えてみると「極楽船の人びと」が文字通り乗客の死や破滅と言ったカタストロフを経験することは、他でもないこの私たち自身が同じように精神的なカタストロフを垣間見ると言うことに繋がる。私が本書を読むことを鬱にハマり込むと書いた理由がお分かりいただけただろう。本書は否応なしに直視せざるを得ない「死」の重みについて、「極楽船」の乗客の目線から(それはつまり、三途の川らしき海を渡っている船の乗客の目線ということだが)痛切に思い知るということでもある。

「極楽船」はその意味で、単なる娯楽として乗り込んだ船というわけではなくこの社会のメタファーなのではないかと考えてしまいたくなる。生者たちの賑わう世界……それが三途の川を渡るということは先にも書いた。死者の数は膨れ上がり、悲惨な状況が露呈することになる。とは言え吉田知子氏らしいユーモアも随所に見えるので、読んでいて緩急のヴァランスが巧く調整されているので比較的読みやすいと言えるのではないか。吉田知子氏の長編は『千年往来』以来二度目となるのだけれど、連作短編と言っても良い本書では主に老齢に差し掛かった人々の人生模様と彼らを襲う受難に、肌に張りつくリアリティを感じられてならない。またしても書評/感想文が堂々めぐりをしているが、こればかりはどうしようもない。

繰り返すが、本書を鬱である時に読むことは避けた方が良いだろう。「死」とはなにか、老齢に差し掛かってそのまま「死」を待つ身でしかなくなるということはどういうことなのかをこれでもかと言うほど生々しく描いた本書の記述は、人を絶望に陥れるだけの力を充分に備えていると言える。そんな作品を読むことは苦しいことだけれど、人生が有限のものであること、人はいずれ「死」を体験せざるを得なくなることという事実に直面させられ、厳粛な気持ちにさせられる。これこそが吉田知子氏の作品の味だと思っている私としては面白く読んだのだけれど、くどいけれど人を選ぶ書物なのではないかと思うのだ。酔狂な人だけがこの拙い文章を読んで手に取ろうかという気持ちになるのならば、それが存外の喜びである。

私にも、そして貴方にもいずれ「死」は訪れる。そうでなくても、本書の登場人物たちが大体そうであるように老齢に達する。認知症に悩まされる方や肉体的に障害で苦しむ方も出て来るだろう。そんな人々の人生模様(ある者は自分が殺人を犯したことを告白するのだが)を微に入り細を穿つ筆致で描いた本書の生々しさは、むしろ高齢化社会を迎えた今だからこそ再評価されるべきなのかもしれない。ミステリ仕立てで(あるいはカフカの小説のように)見えそうで見えない謎によって読者は釣られて行く過程で、知りたくもなかった現実と直面させられることになるだろう。だが、それが優れた文学の証なのだと私などは思ってしまうのだが、皆さんはどうだろうか?
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踊る猫 さん 本が好き! 1級 (書評数:157 件)

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