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紅い芥子粒
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人生を書いたので小説を書いたのでないから仕方ない(夏目漱石)
八畳の間に男が二人と女が一人。

男の一人は髭があり、一人は髭がない。
髭がある男は、詩を書く人らしい。
髭がない男は、画を描く人らしい。
女は、刺繡をする人らしい。

詩を書く男は、よい詩句が浮かんでもそれに続く句が浮かばない。
画を描く男は、構想は浮かんでも絵にすることができない。
女は、刺繍をしても贈る相手がいない。

外は五月雨が降る音がする。
庭の緑は夜の闇に濃く沈んでいる。
蚊やりの煙が部屋に渦巻き、蚊やりの火が消えると、潜んでいた蚊が刺しにくる。

宿屋の一間なのだろうか。
隣の部屋から三味線の音が聞こえてくる。
遠くでホトトギスが鳴いている。
壁には若冲の画がかかっている。

とりとめもなく恋や夢の話をする二人の男と一人の女。
天上から蜘蛛が下りてくる。
二匹の蟻が現れて、そのうちの一匹は女の白い足に這い上る。

夢の話に飽きたのか、夜が更けて眠くなったのか。
三人は、とうとつに褥に入り、寝てしまう。

三人の来歴が語られるわけでも、何か事件がおこるわけでもない。
いったいこれはなんなのだ、おもしろくもなんともない。
戸惑う読者に、最後の最後に、漱石先生は、こんなことを書いてくれている。

なぜ三人が落ち合った? それは知らぬ。 三人はいかなる身分と素性と性格を有する? それも知らぬ。 三人の言語動作を通じて一貫した動作が発展せぬ? 人生を書いたので小説を書いたのでないから仕方がない。 なぜ三人とも一時に寝た? 三人とも一時に眠くなったからである。


えっ、人生? 面食らったわたしは、もう一度、はじめから読み返した。



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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:561 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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