efさん
レビュアー:
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この巻にはあなたが絶対に読むべき傑作がいくつか収録されている
4巻目のご紹介になる、江戸川乱歩編のミステリ短編集です。
本巻には、是非読んでいただきたい傑作が何作か収められています。
それでは、いつもの通り収録作からいくつかご紹介しましょう。
〇 三死人/イーデン・フィルポッツ
『赤毛のレドメイン家』で有名な作者による短編で、ヴァン・ダインが推奨した作品ということです。
西インド諸島で発生した殺人事件の調査依頼を受けた私立探偵の調査を描きます。
依頼人の兄は人望の厚い人物で、サトウキビ農園主でした。
ある夜、何故か兄は用も無いのにサトウキビ畑に出かけ、そこで銃殺されてしまったのです。
兄の死体の上には農園の忠実な黒人使用人の死体が覆いかぶさるように横たわっていました。
二人とも、黒人使用人の持っていた銃で射殺されていたのです。
そのそばには兄の拳銃が落ちていましたが、弾は一発も込められていませんでした。
自殺も疑われたのですが、銃創からして離れた位置から撃たれたことは明らかで、自殺はあり得ません。
ところで、この事件があった同じ日、農園の使用人がサトウキビ畑からは離れた崖から転落して死亡しているという事件も起きていました。
その死体の喉は刃物で搔き切られていたのです。
農園主の兄らの事件とは無関係とも思えますが……。
ヴァン・ダインは推奨しているそうですが、私の評価はそれほど高いものではありません。
なるほど、この不可解な状況に一応の説明はつけられますが、何の証拠も伴わないのです(それは作者も認めています)。
この状況を説明できるシナリオを、私はあと2つは思いつきましたよ(結末を真面目に考えたんですよぉ~)。
どうとでも言えるではないですか、証拠がついて来ないのですから。
エラリー・クイーンのような、唯一絶対の結論を数学的明晰さで描くタイプのミステリを好む私としては、こういうタイプの作品はあまり評価できないんだなぁ。
おそらく、ヴァン・ダインは、客観的証拠などではなく、作中の登場人物の心理や性格、キャラクターが決め手になるという点に魅かれたのではないかと思われます。
それは、ヴァン・ダインの『カナリヤ殺人事件』 などでも使われているテクニックですよね(でも、その推理はやはり言いっぱなし的なところが残り、その信憑性には疑問符がつきますし、極めて危うい推理なのですが……)。
〇 は茶め茶会の冒険/エラリー・クイーン
『キ印ぞろいのお茶の会の冒険』という邦題で翻訳されているヴァージョンもあります。
不思議の国のアリスをモチーフにした一作。
エラリーは、招待を受けてある知人の屋敷に出かけたのですが、翌日は息子の誕生日ということで、その出し物の『不思議の国のアリス』の演劇が知人らによって練習されているところでした。
翌日、エラリーは使用人にたたき起こされます。
なんでも、一家の主人が気ちがい帽子屋の扮装をしたまま行方不明になったというのです。
その後、家には次々とおかしな物が届けられます。
主人の靴、子供の玩具の船が2隻、封蝋で封をしたただの封筒、キャベツが2個、黒と白のチェスのキングの駒。
エラリーは、主人の失踪の謎を解けるのでしょうか?
クイーンの長編のような論理的な詰めは見られませんが(さっき、クイーンの数学的明晰さを誉めたぼかりだというのに、本作にはその要素は期待できません……エラリーの推理にも唯一絶対性は認められません)、まぁ、アリス見立ての好編といったところでしょうか。
どうも、クイーンは短編よりも長編の方が圧倒的に上手いと思うのですけれどねぇ。
クイーンは自薦している自信作のようですよ。
〇 信・望・愛/アーヴィン・S・コップ
なかなかの秀作です。
3人の囚人が護送中に脱走します。
フランス人の囚人は既に死刑判決が確定しており、死刑になるのはやむを得ないとしても、ギロチンだけは恐ろしくて嫌だと言います。
スペイン人の囚人も死刑は免れないと覚悟はしているのですが、ギロチンなんて良い方だと言います。
スペインの死刑は、ガロットという器具により執行されるそうで、それは鉄の椅子に身体中を縛り付けられた上、首に鉄のバンドが回され、それがじわじわと絞められて殺されるというのです。
一思いに死ねるギロチンの方がずっと良いと言います。
イタリア人の囚人は自分は無期懲役刑が確定していると言います。
死刑よりマシだろうと他の二人は言いますが、冗談じゃないとイタリア人。
あれは緩慢な死刑なのだ、絶望のまま気が狂って死ぬのだと恐れています。
でも、今や三人はそれぞれ心底恐れている刑罰から逃れることに成功したのです。
フランス人は一人で町の方へ逃げていくことにしました。
スペイン人とイタリア人は二人で砂漠の方へ逃げることにしました。
その後の三人の運命は……。
〇 オッターモール氏の手/トマス・バーク
これはお勧め、必読の傑作です。
私が初読した際、物凄い衝撃を受けた作品です(それこそちびりそうでしたよぉ)。
見境なく絞殺を繰り返すサイコパスのような殺人鬼が街を徘徊しています。
霧深い夜、今夜もある男が首を絞め殺されました。
被害者の後を、音もなくついていく殺人者。
闇夜に浮かぶその白い大きな手は、あと数分の後に被害者の首を絞めることになるのです。
被害者は、今、妻が作ってくれる今晩の夕食は何だろう?などと考えて家路を歩いているのかもしれません。
でも、もう、二度と夕食を食べることはできないのです……。
警察は必死に捜査するのですが、遂に巡回中の警察官まで犠牲になってしまいます。
犯人を目撃した者は誰もいません。
街中、巡回の警察官だらけだというのに、また、住民も恐怖に慄きつつも厳重に見張っているというのに、誰も犯人の姿を見ていないのです。
非常に恐ろしい雰囲気が充溢する作品で、乱歩の時代にクイーンらの西洋の著名ミステリ作家らにより選ばれた短編ベストの第一位に輝いた作品(納得!)。
〇 疑惑/ドロシー・L・セイヤーズ
毒殺魔の家政婦が跋扈しているという事件が報道されています。
物騒な話だと思うママリイ氏は、最近肝臓の不調に悩まされています。
妻も体調を崩しているのです。
ママリイ氏は、調子が良い日もあるのですが、ある時にはひどく具合が悪くなり、医者に診てもらわなければならないこともありました。
ある時、ママリイ氏が庭いじりをしようとした時、家に置いてあったヒ素入りの除草剤の缶の口が緩んでいることに気付きました。
まさか……。
ママリイ氏は、1月ほど前に新しい家政婦を雇い入れたところです。
そういえば、自分や妻の体調が悪くなったのもその頃からだった……。
ラストは、ぞっとしますよ(私、このラスト、「そうじゃないかな~。もしかしたらそうじゃないかな~。」と疑って読んでいたのですが、実際やられてみると……)。
〇 銀の仮面/ヒュー・ウォルポール
これも傑作!
この作品については、同名のウォルポールの短編集の方でご紹介していますので、そちらをご参照ください。
私としては、『オッターモール氏の手』と『銀の仮面』を必読作として強く推したいと思いますし、『信・望・愛』と『疑惑』も良い作品としてお勧めしたいと思います。
今回はご紹介しませんでしたが、『いかさま賭博』/レスリー・チャーテリスも好編でしょう(セイントの異名を取る、棒人間のような線書きで頭に輪がある聖者の姿を犯行現場に書き残す義賊……ミステリファンには有名です……が主人公の作品で、いかさま賭博を逆手に取るトリッキーな作品です)。
読了時間メーター
□□□ 普通(1~2日あれば読める)
本巻には、是非読んでいただきたい傑作が何作か収められています。
それでは、いつもの通り収録作からいくつかご紹介しましょう。
〇 三死人/イーデン・フィルポッツ
『赤毛のレドメイン家』で有名な作者による短編で、ヴァン・ダインが推奨した作品ということです。
西インド諸島で発生した殺人事件の調査依頼を受けた私立探偵の調査を描きます。
依頼人の兄は人望の厚い人物で、サトウキビ農園主でした。
ある夜、何故か兄は用も無いのにサトウキビ畑に出かけ、そこで銃殺されてしまったのです。
兄の死体の上には農園の忠実な黒人使用人の死体が覆いかぶさるように横たわっていました。
二人とも、黒人使用人の持っていた銃で射殺されていたのです。
そのそばには兄の拳銃が落ちていましたが、弾は一発も込められていませんでした。
自殺も疑われたのですが、銃創からして離れた位置から撃たれたことは明らかで、自殺はあり得ません。
ところで、この事件があった同じ日、農園の使用人がサトウキビ畑からは離れた崖から転落して死亡しているという事件も起きていました。
その死体の喉は刃物で搔き切られていたのです。
農園主の兄らの事件とは無関係とも思えますが……。
ヴァン・ダインは推奨しているそうですが、私の評価はそれほど高いものではありません。
なるほど、この不可解な状況に一応の説明はつけられますが、何の証拠も伴わないのです(それは作者も認めています)。
この状況を説明できるシナリオを、私はあと2つは思いつきましたよ(結末を真面目に考えたんですよぉ~)。
どうとでも言えるではないですか、証拠がついて来ないのですから。
エラリー・クイーンのような、唯一絶対の結論を数学的明晰さで描くタイプのミステリを好む私としては、こういうタイプの作品はあまり評価できないんだなぁ。
おそらく、ヴァン・ダインは、客観的証拠などではなく、作中の登場人物の心理や性格、キャラクターが決め手になるという点に魅かれたのではないかと思われます。
それは、ヴァン・ダインの『カナリヤ殺人事件』 などでも使われているテクニックですよね(でも、その推理はやはり言いっぱなし的なところが残り、その信憑性には疑問符がつきますし、極めて危うい推理なのですが……)。
〇 は茶め茶会の冒険/エラリー・クイーン
『キ印ぞろいのお茶の会の冒険』という邦題で翻訳されているヴァージョンもあります。
不思議の国のアリスをモチーフにした一作。
エラリーは、招待を受けてある知人の屋敷に出かけたのですが、翌日は息子の誕生日ということで、その出し物の『不思議の国のアリス』の演劇が知人らによって練習されているところでした。
翌日、エラリーは使用人にたたき起こされます。
なんでも、一家の主人が気ちがい帽子屋の扮装をしたまま行方不明になったというのです。
その後、家には次々とおかしな物が届けられます。
主人の靴、子供の玩具の船が2隻、封蝋で封をしたただの封筒、キャベツが2個、黒と白のチェスのキングの駒。
エラリーは、主人の失踪の謎を解けるのでしょうか?
クイーンの長編のような論理的な詰めは見られませんが(さっき、クイーンの数学的明晰さを誉めたぼかりだというのに、本作にはその要素は期待できません……エラリーの推理にも唯一絶対性は認められません)、まぁ、アリス見立ての好編といったところでしょうか。
どうも、クイーンは短編よりも長編の方が圧倒的に上手いと思うのですけれどねぇ。
クイーンは自薦している自信作のようですよ。
〇 信・望・愛/アーヴィン・S・コップ
なかなかの秀作です。
3人の囚人が護送中に脱走します。
フランス人の囚人は既に死刑判決が確定しており、死刑になるのはやむを得ないとしても、ギロチンだけは恐ろしくて嫌だと言います。
スペイン人の囚人も死刑は免れないと覚悟はしているのですが、ギロチンなんて良い方だと言います。
スペインの死刑は、ガロットという器具により執行されるそうで、それは鉄の椅子に身体中を縛り付けられた上、首に鉄のバンドが回され、それがじわじわと絞められて殺されるというのです。
一思いに死ねるギロチンの方がずっと良いと言います。
イタリア人の囚人は自分は無期懲役刑が確定していると言います。
死刑よりマシだろうと他の二人は言いますが、冗談じゃないとイタリア人。
あれは緩慢な死刑なのだ、絶望のまま気が狂って死ぬのだと恐れています。
でも、今や三人はそれぞれ心底恐れている刑罰から逃れることに成功したのです。
フランス人は一人で町の方へ逃げていくことにしました。
スペイン人とイタリア人は二人で砂漠の方へ逃げることにしました。
その後の三人の運命は……。
〇 オッターモール氏の手/トマス・バーク
これはお勧め、必読の傑作です。
私が初読した際、物凄い衝撃を受けた作品です(それこそちびりそうでしたよぉ)。
見境なく絞殺を繰り返すサイコパスのような殺人鬼が街を徘徊しています。
霧深い夜、今夜もある男が首を絞め殺されました。
被害者の後を、音もなくついていく殺人者。
闇夜に浮かぶその白い大きな手は、あと数分の後に被害者の首を絞めることになるのです。
被害者は、今、妻が作ってくれる今晩の夕食は何だろう?などと考えて家路を歩いているのかもしれません。
でも、もう、二度と夕食を食べることはできないのです……。
警察は必死に捜査するのですが、遂に巡回中の警察官まで犠牲になってしまいます。
犯人を目撃した者は誰もいません。
街中、巡回の警察官だらけだというのに、また、住民も恐怖に慄きつつも厳重に見張っているというのに、誰も犯人の姿を見ていないのです。
非常に恐ろしい雰囲気が充溢する作品で、乱歩の時代にクイーンらの西洋の著名ミステリ作家らにより選ばれた短編ベストの第一位に輝いた作品(納得!)。
〇 疑惑/ドロシー・L・セイヤーズ
毒殺魔の家政婦が跋扈しているという事件が報道されています。
物騒な話だと思うママリイ氏は、最近肝臓の不調に悩まされています。
妻も体調を崩しているのです。
ママリイ氏は、調子が良い日もあるのですが、ある時にはひどく具合が悪くなり、医者に診てもらわなければならないこともありました。
ある時、ママリイ氏が庭いじりをしようとした時、家に置いてあったヒ素入りの除草剤の缶の口が緩んでいることに気付きました。
まさか……。
ママリイ氏は、1月ほど前に新しい家政婦を雇い入れたところです。
そういえば、自分や妻の体調が悪くなったのもその頃からだった……。
ラストは、ぞっとしますよ(私、このラスト、「そうじゃないかな~。もしかしたらそうじゃないかな~。」と疑って読んでいたのですが、実際やられてみると……)。
〇 銀の仮面/ヒュー・ウォルポール
これも傑作!
この作品については、同名のウォルポールの短編集の方でご紹介していますので、そちらをご参照ください。
私としては、『オッターモール氏の手』と『銀の仮面』を必読作として強く推したいと思いますし、『信・望・愛』と『疑惑』も良い作品としてお勧めしたいと思います。
今回はご紹介しませんでしたが、『いかさま賭博』/レスリー・チャーテリスも好編でしょう(セイントの異名を取る、棒人間のような線書きで頭に輪がある聖者の姿を犯行現場に書き残す義賊……ミステリファンには有名です……が主人公の作品で、いかさま賭博を逆手に取るトリッキーな作品です)。
読了時間メーター
□□□ 普通(1~2日あれば読める)
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幻想文学、SF、ミステリ、アート系などの怪しいモノ大好きです。ご紹介レビューが基本ですが、私のレビューで読んでみようかなと思って頂けたらうれしいです。世界中にはまだ読んでいない沢山の良い本がある!
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- 出版社:東京創元社
- ページ数:378
- ISBN:9784488100049
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